はっきり言って俺は苦学生だ。
オヤジは大阪に単身赴任でのんびり優雅に過ごしている筈だし、ババアは姉貴にくっついてロンドンに在住。姉貴の大学生活同様きっと楽しくやっているに違いない。それぞれみんな、俺ほど金に困っているワケないと思うね。なんで息子の俺だけこんな虐待とも言える立場にいなくちゃなんねぇのか。これがムカつかずにいられるかって。
親からの仕送りがあるって言ったって、月10万じゃ家賃と光熱費で無くなってしまう。だいたい10万で暮らしていける訳ね~っつ~のよ。
昨日、大阪にいるオヤジに電話した。
「金、くれよ~。オヤジ金持ってんだろ?」
言い方が不味かったのか、隣に女でもいたのかクソオヤジは、「10万で足りなきゃ、取りに来い」なんてぬかしやがった。
大阪まで行けるかよ。そんな金すら無いってゆーの。
で、しょーがねーから、俺はバイトをしている訳で。
「イッチ~~、いる?」
このクソ寒い中お仕事行きましょ、って時に、金髪葵がやって来た。いつもより尚のこと情けない声を出している。
「どうした?葵。俺、今からバイト……」
そう言いかけて葵の様を見てぎょっとした。
「イッチ~、俺、クスリの量間違えたみたいでぇ、ここ来る途中で頭痛くなってさ、おまけに気持ち悪くなってゲロ吐いちゃった」
マジかよ、こいつ。
ゲロゲロになった洋服の儘、悪臭放ちながらやって来やがった。そりゃ、情けない声も出るわな。
「汚い奴だなー。ゲロ吐いたんなら、自分家帰ればいいだろ。うわっ!寄るな。触るなって」
「酷ぇー。イッチ、冷たい。……うぇっ……」
「バカっ、ここで吐くな。便所行け、便所」
ゲロついた洋服の儘葵は便所へと駆け込んだ。というか、俺が押し込んだ。なんでアイツはあーなってまで、俺ん家に来る必要があるんだか、理解不能だ。
「大丈夫か?」
「ん、平気ぃ」
幾分青ざめた葵が便所から出て来た。
「帰れよ、顔色悪いぞ」
「そんなに帰したいのかよ」
っつーか、ゲロついた洋服着て言う科白じゃないと思うぜ?お前ん家、隣なんだろうがよ。
「居たいなら居てもいいけどよ、俺これからバイトなんだ。出かけるからな」
すっかりと身支度を終え、煙草をくわえた儘靴を履く準備をしている俺を、葵は切なそうな目で見てくる。そんな目をしても無駄だってんだ。こっちは生活かかってんだかんな。
「んじゃ、帰って来るまで待ってるわ。風呂、借りるな」
ええ?
風呂まで入って、待つワケ。
「あ~?もう、好きにしろって」
面倒くさくなってそう言ったが、言い終わるかどうかの内に葵は洋服を脱ぎ始めた。またその白い肌が目前に迫ってくる。
「今かよ!見せるなってーの。その生っちろい裸をよ!」
「いいじゃん。別に初めて見る訳でもないんだし」
すっぽんっぽんになった葵はなんの照れも無く、風呂へ入って行った。まあ男同士だし、お互いの裸を見たからってどうってこと無い。普通ならな。
しかし、葵とは一度とはいえ、そういう事をした仲だったし、葵の裸だけは変に意識してしまう。学校で着替える時とかは全く平気なのに、だ。
口内がオレンジジュースの味に染まっていくようだった。
「冷てーーーっ!イッチー、水!水だってばー。スイッチ入れてちょんまげ」
くぐもった声が風呂場から聞こえてきた。しょうがないから、温水をオンにしてやる。脱ぎ散らかった、ゲロつき洋服をつまみ上げ、風呂場に押し込んだ。
「身体と一緒に洗っておけ。なんかその辺にある適当な服でも着ていろよ。俺、行くからな」
「へーい」
外は寒かった。
「うっ、さみっ」
皮ジャンの襟元を押さえながら俺は愛車の50ccへと跨りバイト先へと走らせる。帰りに、なんか暖かい物でも買っていってやろうと思っていた。
午後11時、凍り付くような寒さの中、曇るメットが鬱陶しく首にぶら下げて走って来たため、鼻水は出るは顔が強張るわで散々。この時期、メットは防寒でもあるのだと改めて確認することが出来た。
帰りにいつも葵が寄って来るコンビニの前にバイクを止める。夜中近くだというのにここのコンビニはいつも混雑している。
俺らと大して年の違わないガキどもがこの時間帯になるとやってくるらしい。バイトの帰り、俺はいつもここに寄って、おでんとか肉まんとか買って帰る。今日は肉まんを二つ買った。
「おい、お前こんなに沢山買うてどないやねんな」
「航太が払うワケじゃないだろ」
隣でカップラーメンを山ほど抱えた男の関西弁が聞こえ、振り返りちょっとどっきり。
葵も綺麗な顔していると思ったけれど、この関西弁の連れはビックリするほど美人だった。世の中綺麗な顔した男ってのはいるもんだと、つくづく感心する。
「なんやねんな」
「あ、すんません」
見とれていたら、関西弁の方に怒られた。なんだよ、オメーを見ていたんじゃないだろが。、見たくらいでガン飛ばすんなら、どっか隠しておけつーんだ。
口には出さずに悪態つきながら、外に出る。刺すような寒さが身体を突き抜けていく。
「つー、さみぃ。早く家帰ろ……」
誰かが自分の部屋で待っているということがなんだかくすぐったいもんだった。女だったら尚のこと良し。
部屋の中に入るとむあっと煙るような暖かさが充満していた。
「おい、葵。いるのか」
返事は無い。狭い部屋だから聞こえない筈も無いと思い、奥の部屋を開けてみると葵が俺のベットでグースカ眠っていやがった。くっそう。無性に腹が立ってきた。この寒い中俺は生活費の為バイトして帰って来たっつーのに、コイツは暖かい部屋で俺の服着て温々しやがって!