Night Mixer 2

 葵の上に跨り、買ってきた肉まんを口の中に押し込んでやった。
 「うわっ!あに?おもっ……!あふい。あが……」
 「起きろ、何寝てんだよ」
 「だって、クスリが効いてんだもん。ねむっ……」
 目尻に涙溜める程のデカイあくびをかまして葵はむっくりと起きあがった。
 コンビニの袋からもう一つの肉まんを取りだし、俺はかぶりついた。美味い。
 「葵、この前も言ってたけど、その情緒不安定なクスリって、何よ」
 「情緒不安定なクスリ、じゃなくて情緒不安定を抑えるクスリね」
 「同じじゃねーかよ」
 肉まんを三口で全部口の中に納めた俺は、葵の言う「クスリ」ってのが気になった。こいつは案外ヤバイ奴なのかもしれない、なんて思って。

 「PTSD」
 「は?PTA?」
 「心的外傷後ストレス障害、知ってる?」
 「いや、知らねー。なに、その何とか障害って」
 口に半分詰め込まれ、歯形の付いた肉まんを半分にちぎり、葵はそれにパクついた。そのPTA とやらが何かの障害を起こしたのか。何でクスリに関係あるのかさっぱり分からなかったから、葵がまた口を開くまで俺は待つことにした。
 「俺さ、トラウマがあって、暫くガクチュウん時とかまで、学校行けなかったんだ」
 「へ?あのさ、俺に分かるように話してくんねぇ?トラとクマの話とPTAがどう繋がんのかさっぱり解んねぇって」
 一瞬だけ俺の目を見て、すぐに逸らす葵。小さく溜息をついたのが聞こえた。
 「もう、いいって。イッチは知らなくていい話だって」
 そう言い、最後の一口を葵は頬張った。
 「よくねーって。話せよ、解りやすくよ」
 俺は何故かムキになって葵に詰め寄る。
 「トラとクマじゃねーつーのよ。トラウマ。簡単に言うとさ、俺オヤジを刺したの。そのストレスみないなもんよ」
 俺は喉に肉まんが突っかかった。それより下へと下りそうにない。胸をドンドンと打ち鳴らし詰まった肉まんを胃へと送り込むのに苦労した。
 「オヤジって自分の父親をか?」
 それって、父親殺しってことかよ。人殺しってワケ?
 「そう、母親や俺はあいつの暴力に耐えられなかったってわけ。ってかさ、俺がもう母親が殴られるのに耐えられなくなったのよ。で、こう、ね。グサッて刺したら、血がドバーよ」
 肉まん食いながら、よくそんな話が出きるよな、お前……。葵は口に肉まんを銜えたまま両手を広げるようにして、その血がドバーっを表現してくれた。俺は、胃がムカムカしてきて、ちょっと吐き気すらしてきた。
 「……、ちょっと待て!お前が刺したんかよ。殺したのか?」
 「9歳か10歳くらいの時にね。刺したけれど、死ななかった。子供の力では大人は殺せないって。でも、警察とか来てさ、暫く俺は施設送りで、それからずっとクスリ漬け」
 やばくねえか?
 まるで、なんでも無かったことの様に話しているが、これってかなりヤバイ話だろ。
 「あ、イッチ、引いた?」
 「いや、引いてはねぇけどよ。一つ聞いていいか?」
 「何?」
 「お前、殺そうとして刺したの?」
 目が細くなって、ふふふん、と言ったきり、葵は答えなかった。それだけでも、十分な答えだと思った。
 充分、やべぇぞ、葵。
 
 「時々、フラッシュバックするんだ。その時の感情とか、情景とか、血の匂いとか……。それで頭の中がはち切れそうになって叫びたくなる。」
 そりゃ、そうだろ。
 「だから、クスリで抑えているんだ?」
 「まあね」
 暫くの沈黙。ファーンというヒーターの音と、熱い熱気。何を喋っているのか解らないテレビの言葉。俺は、なんて言ったらいいのか困惑していた。
 「可哀想、なんて言うなよ。イッチ」
 「言わねーよ」
 今のお前のその面見ていれば、そんな言葉言えないさ。
 おそらく、葵も暴行を受けていたんだろう。幼児虐待、それが身近の人間の口から聞いたのは、初めてだった。
 それなりのショックはあった。だけど、言葉ではなにも言えることは無かった。
 「何て言ったらいいのかよ、わかんねーけど……。まあ、こうやって今ここにいるんだからそれでいいじゃん?」
 「気遣ってくれてんの」
 茶化した様に葵が笑う。こいつの言葉が何処まで本当なのか解らない。もしかして今聞いた話だって何処まで本当なんだか、計り知れない。
 そうなんだけれど、本当の話なんだと直感がそう伝えていた。
 「同情も、批判もいらないからね。そういうの苦手」
 「するかよ、ばーか」
 ふふっと嬉しそうに葵が笑う。なにがそんなに楽しいのか、嬉しいのか解らない。こいつネジとんでんじゃねーのかよ。
 煙草に延ばした手を掴まれ、俺の胸の中に入ってくる葵は、首に腕を回すと抱きついてくる。
 「イッチ、俺今日泊まっていく」
 「んでだよ。お前ん家、となりのマンションなんだろ?」
 「今日は、ババア、帰ってこないし」
 「寂しい、なんて言うなよ」
 「いいじゃん、明日一緒にガッコ行こう」
 へばりつく葵の身体を剥がそうと躍起になるが、絡まる腕がなかなか離れようとしない。なんで、こんな奴になつかれてしまったんだろ。
 「わかった、わぁったから、離れろって」
 「俺さ、イッチのこと好きだよ」
 どう、答えていいのか困惑する。女に告られるなら、まだ対処の方法ってものが解りそうなもんだが、俺はこの短い人生のなかで、女からですら告られた経験が殆ど無かった。ましてや男に告られて嬉しい気持ちは沸き上がって来なかった。
 「お前の好きって、ややこしいんだよ」
 「ストレートだろ?」
 ストレート過ぎて、困るっていうんだ。
 体重をかけて俺にのし掛かってくる葵に、抵抗が出来ず、そのままの体制でベットの上に仰向けの状態で倒れ込んでいった。マジ、ヤバイ体制だった。
 「ちょ、ちょ~、待てって」
 どうにかして、体制を立て直そうと必死に頭の中を回転させる。
 しかし、葵は聞いてはいない。俺より一回り小さい葵はその辺にあっただろうトレーナーから細い首を出し、そのゆるい首回りからは綺麗な形の鎖骨が見え隠れしていた。男でも、骨の細い奴はいるものだった。
 目が、葵の首筋に釘付けになっていくと、それはゆっくりと自分の目前へと迫って来た。柔らかな金髪はまだ少し濡れていて、微かなシャンプーの香りがしていた。もともと体臭がないに等しい葵はいい香りがしていた。
 ダメじゃん、俺……。
 頭の中で自分を叱咤しながらも、身体は勝手に葵を抱き締めていた。葵の唇が俺の唇に重なる。柔らかな弾力をもって舌先が進入してきた。俺はそれを止める事は出来なかった。




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