それでも月の夜には愛が降る 7

 
 地下の駐車場、人影など無く辺りは静けさが際だっていた。
 冷たいコンクリートの壁に背を付け、煙草に火を灯す。胃が冷たくなっていく様な感覚に捕らわれながらも心の中は熱く、青い火の如く燃えていた。
 
 鳴り響くリョウの携帯のメロディーを自分の指で止めてはいけないと、分かってはいるのに、頭の中のモラルとは裏腹に準の指先はリョウのバックに伸び、五月蠅く鳴り続ける携帯を探してまさぐっていた。自分と同じ種類のリョウの携帯だから、それを見つけると慣れた手つきでボタンを操作した。

 メール受信中......。
 着信ボタンを押す前に、メール受信中の画面が目に飛び込んできた。
 -- この間は、酷いこと言ってご免なさい
 たった一行の短いメールだった。「酷い、こと?」一行の文章の意味が分からずに、何度も読み直す。携帯を握りしめる指が、震えていた。
 リョウに何をしたんだ。
 ゴクンと喉が音を立てる。目頭がジリジリと痛む様な感覚に襲われる。
 メールアドレスからだけでは、相手が誰だか分からない。文面と送信者の名前「aiko」と言う名前から女であることを想像する。誰かがリョウを傷つけた?いやそれよりリョウが特定の女性と接触していたという事実がショックだった。
 オレの知らないところで。
 オレの知らないリョウを見せた?
 誰に?
 何を言われた?
 悔しさなのか?嫉妬なのか?なんでもいい。そんなのは、何でもいい。最近、リョウがオレを避けている原因が女なんだったら。
 そう思うと、心が痛かった。信じられない、リョウがなんで女と?オレ達、つき合ってるんじゃねえの?リョウが遊びで女とつき合ったり出来るとは思えなかった。違う!今までだって女とつき合った事はあった。でもオレに何時だって言ってたじゃん?
 オレと、そんなに離れたいのか?
 オレと、終わりにしたいのか?
 オレが女と寝たりしてるから......、当てつけなのかよ!
 膝を折り、畳にへたり込む様に座り込んだ足の間に握りしめられたリョウの携帯は、既に光を落とし、文字を判別することは出来なかった。銀色に光るリョウの携帯を左手に持ち替え返信画面を呼び出した。
 --- 今日、会いたい。AM12時に地下の駐車場まで来れないかな?
 「aiko」と名乗る、オレの知らないリョウの女へとメールを発信した。5分と経たぬ間に、再度携帯が「メール受信中」の表示を表した。
 --- 怒ってない?私も会いたい。行きます。
 成立した。「aiko」から来たメールと自分が発信したメールを削除する。
 悪いことした、なんて思わない。リョウがオレに隠し事するから......。
 誰かがお前を傷つけて、お前がオレを避けているんだったら、オレにだって知る権利があるだろう?オレは、お前が分からなくなっている。
 毎日、何を考えているんだ。言いたいことがあるんだったら、オレになんでも言って欲しいのに。お前は、そうしない。そんなの、昔っから分かっていたけど。言わなくても、分かり合える、そう思っていたのはオレの自惚れだったのかよ!
 
 夜中の12時。ジーンズのポケットから形態の成さないマルボロを取りだし、唇の端で残り少ないヨレた煙草を一本取り出し前屈みに、風も吹かないはずのこの駐車場なのにいつもの癖で左手を覆う様に火を点けた。オレンジ色の僅かな明かりが、一瞬だけ準の頬を照らし出した。
 いつもだったら、この時間帯は昼と変わりなく大勢の人間でごった返していても可笑しくない筈なのに、今日に限って人影は疎らだった。リョウがドラマの撮りをしているのは知っているのだろう。地下の駐車場、と指定しただけで場所の確認はしなかった。
 都内から少し離れた場所にあるスタジオは、もう夏も近いというのに、この時間になるとひんやりとした外気が素肌を刺すようにさえも感じた。
 一台の車が、駐車場に入って来るのを見つけた。
 黒い小型の外車。多分、あれだろうと、火を点けたばかりの煙草を路上に投げ捨て、紺のコンバースで捻り消し、柱の陰に身を隠した。
 
 黒のローバーミニから出てきた女は、オレの知っている女だった。オレらよりも幾つか年上の女。リョウがどういう経路で知り合ったかは、想像出来る。
 濃い色のサングラスをかけ、辺りを見回している。間違いようもなく、あの女がリョウにメールを出した「aiko」に違いない。そう確信したから、オレは女の前に姿を現した。
 多分「リョウ。」と声を発しただろう彼女の唇はそのまま言葉を飲み込み、震える指先を口元へと這わせた。
 「リョウじゃなくて、悪かったな。aikoさん。」
 どんな顔をしてオレは彼女の前に立ったのだろうか。そんなの鏡を見なくとも安易に想像できる。そう、目の前の彼女の表情を見れば。
 「準......。」
 「どうして?なんて言うなよ。オレがメールの返事を出した。リョウは知らないさ、あんたからのメールなんてね。」
 一瞬にして悟ったかのような顔をして、踵を返し走り去ろうとする彼女の腕を掴んだ。
 「帰す訳にはいかないでしょ。」
 喉元から、引きつった様な音が漏れる。こんなにも残酷な感情が芽生えるのは、全てリョウのせいさ。どうしてくれようか、この女。
 「離してよ。準には関係無いでしょ。それとも、リョウに頼まれたとでも言うの?」
 さすが、女優だけある。その気迫迫る台詞には感銘したね。
 「離してあげるよ。オレのリョウに何したか、言ってくれればね......。」
 「オレの、リョウ?」
 オレに左腕をねじ上げられても、声も立てず睨み返してくるこの挑戦的な瞳はどうだ。長い漆黒の髪が重たそうに揺らめく端から白いうなじが見え隠れしている。
 「オレのリョウ、ですって?あんた達、いい加減にして欲しいわよ。」
 掴んだオレの手を力任せに振り払い、オレに向き直って叫んだ。その声はどう仕様もないと言うくらいに悲しさを含んでいた。
 「やっぱり、あんた達、出来てるんじゃん。」
 「何を言ったんだ!リョウに!」
 「知りたい?知りたいでしょう?『何を言った』んじゃ無くて、リョウが私に何をしたか、知りたいんじゃないの?そうなんでしょ?嫉妬してるんでしょう?」
 「嫉妬してんのは、てめえだろうが。」
 「リョウは、私を抱いたわ!」
 半分、狂っているのではないかと思わせる。いや、あまりにもドラマのシーンを演じている様で滑稽にすら見える。何がこんなにも可笑しいのだろう?この女の台詞の言い回しが古くさいドラマの様だから?馬鹿じゃねえの?
 「抱いたがどうした。抱かれて良かったのかよ。」
 両手を伸ばし、女の顎先を掴むと黒髪の中から白く小さな顔が現れた。濃いグレーのサングラスを外して、投げ捨てると乾いたコンクリに当たって、潰れた音が響き渡った。
 「抱かれたいなら、オレが抱いてやるぜ?」
 無理矢理、唇に唇を押しつけ女の自由を奪い、責め立てた。薄いブラウスのボタンを器用に外していく課程の中で、僅かに女は抵抗を試みる程度だった。ふん、口ほどのにもない。
 舌で丹念に攻めながらもフロントホックの留め金を外し、歳の割には形のいい柔らかな胸を揉みしだくとあっけなく女は甘い吐息を塞がれた唇の端から漏らしていく。ショーツの中に指を滑らせ秘部を愛撫する真似を繰り返しながら、耳元で囁いた。
 「リョウとも、こんな風にヤッタんだろ?」
 「やったわ......。」
 途切れ途切れの声に、滾る様な嫉妬の炎が芽生えて行くのが全身で感じることとが出来た。出来ることなら殺したい程の感情が。
 まさぐる指が、女の奥深くへと進入していく度、女は掲げられた方の足をひくつかせる。
 「で、なんて言ったんだ?リョウに。」
 「なんのこと?」
 「とぼけんな!あんな事言ってご免なさい。ってなんの事だよ。辞めてもいいのか?」
 ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下げ、オレの物を触らせてやった。今すぐにでも欲しそうな顔をしやがる。お前に突っ込みたくてオレは高鳴ってるんじゃねえよ。
 「途中で、辞めるから......、リョウが辞めるから......、あ、ん......。言ったのよ。」
 「なんて?」
 「......、やめないで、準。悪かったって思ってるの。私......、あっ......。」
 「だから、なにを?」
 「所詮、ホモの癖に......。って。」
 
 オレは、力任せに目の前にいる薄汚い女を地面に叩きつけた。
 その後のことなんて、想像すらしたくもなかった。無論、誰に言えたことじゃないだろうが。
 ただ、早くリョウに会いに行かねばならないと。
 リョウに。
 





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コメント(1)

ソレって…なんだろう…?

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