暑い夏の午後だった。
校庭では賑やかな声がする。サッカーを応援する女性との甲高い声。その声に混じって準を応援する下級生の声もする。
「ああ、準もやってるんだ。」
クーラーの利いている教室で本を読んでいた手を休め、目映い光を放つ窓へと視線を走らせた。
準を思い出すと、少し胸が痛かった。この胸の痛みの理由は分かっていて......。自分のこの気持ちは誰にも知られては行けないと分かっている。自分だけの胸の内に閉まっておかなければならない。
いつから、オレは男を好きになることが出来るようになってしまったのだろう。こんなこと、あってはいけない事なのに。そう思って、閉じこめて、準を見ないようにしているのに、アイツの方から近づいてくる。
時々、準もオレの事、好きなのではないかと勘違いしてしまいそうになる。そんなことがあるわけないのに。
窓辺に寄り添い、カーテンの陰から、サッカーをしている男子たちを目で探す。どんなに遠くにいてもオレの目は準をすぐに見つける事が出来てしまう。暑苦しい夏の午後だというのに、制服のまま無邪気にボールを追いかける準。そんなに真剣にやったら、午後の授業はまともには受けられないだろうに。
誰かに向かって手を振る準の視線を追うと、歓声が起きている一軍の中に準の彼女の姿を見つけた。さすがに、胸がきつくなる。
差し込む光を遮るように窓にカーテンを閉め、苦しくなっていく胸のあたりを制服のシャツの上からぎゅっと握った。
好きになってはいけない。オレは、普通じゃないんだ、きっとあのときから。そして昔から。
小学校に上がる頃から、時々来る親戚のお兄さんの視線に気づいていた。「お母さんには内緒だよ。」そう言って高価なゲームを買ってきてくれる。そして「誰にも言っちゃいけないよ」と呪文を唱えるようにオレに触った。はぁはぁ言う息づかいを耳元で聞かされ、オレは約束通り母親には秘密にしていた。貰ったゲームすら、母親の目の届かぬ場所へ隠した。
「誰にも言っちゃいけない」隠し事は、歳を追うごとに増えていき、オレはどんどん苦しくなっていた。塾へ行っても、居残りさせれれ、塾の先生をしていた大学生にキスされた。「誰にも言わないよね?」確認するようにオレの目を見た。先生の手で、始めて「イク」行為を経験した。
「綾は、凄く綺麗だね。大好きだよ。」女の先生にも言われた。
初体験は、12歳のとき。クラス担任の女の先生だった。目眩く快感に翻弄され、何度もいかされた。先生が好きだったのか、覚えていないけど。多分好きだった。
「誰にも言っちゃいけないのよ。」
そして、オレの秘密はどんどん膨らんでいき、「好き」ということは秘密のベールを被った甘く危険な、秘め事として、暗く重い感情を形成させていったのだった。
自分が、他の男子と違っていると否応なしに気付く事が出来た。
自分が、違うってこと。好きという言葉は決して甘い響きではなく、ただの秘め事だった。その秘め事は、オレの心を蝕んでいくには十分だったはずなのに、性懲りもなくオレは準に惹かれていった。
オレが、準をダメにしてしまうのではないかと、恐怖した。
明るい光の下が似合う準を、オレのいる場所に連れてきてしまってはいけないと、思ってはいるのに、どんどん気持ちは準に惹かれていって、苦しくなっていく。
オレの手を離してもいいよ。
オレから、去っていってもいいよ。
もう、苦しいのは、沢山だ。オレは汚れている、汚い。
だけど、だけど、準。
もがいても、何も掴む物など見あたらなくて、落ちて行く夢を何度も見た。
目が覚めると、吐き気がした。
手を、頂戴。
だけど、差し伸べられる手は、オレの望んでいるものではなくて。
いちいち、準の言葉を真に受け、悩んで、どう対応したらいいのか分からなくて。友達といえる存在が今までいなかったことに気づいた。
「愛している。」と準が言う。その言葉は、どう解釈すればいいのか既に分からなくなっているオレなのに。友達のままで良かったのかもしれない。
「リョウ......。」
誰かが、オレの名を呼んでいる。準に似た声色で。
「リョウ。もう一度、やり直そう......。」
意識が、はっきりとしていく。まだぼやけた視界の中で、準の声色を持つ人影が形を成していく。
暖かい、水滴が頬にあたっていく......。
「準......?」
目の前には、まるで子供のような顔をした準がいた。涙で目を赤くして、オレを見ている。
白い壁がまるで蜃気楼の様に見える。どうして、準がオレを見て泣いているのか分からなかった。
でも、今なら言えそうな気がした。
準に話さなければならない事があった。
「準......、そこに居るんだね?」
きょう日向夏姫と、担任したよ♪
だけど、挑戦するはずだったの。