高校生活ももうじき終わりを告げる。
学校生活が楽しかったとか、つまらなかったとか、特に感傷に浸るような思い出なんかなかった。
たった一つの事を省けば。
俺は、この三年間で思い知った事がある。いつも目で追うのはただ一人だけ。
その人間の名前は、中原康浩、十八歳。そう、男だった訳で。
どうしてこんな事になったのかなんて、思い出したくもないけれど、高校1年の夏休みに俺は彼女というものがいた。まだ自分がソレだって事に気がつくまえだった。
夏休み、空は青く、気温は体温と同化するかごとく熱くなっていた、あの日。彼女は可愛かった。特に何の問題もなく、俺達は二人で一泊旅行へと出かけた。
なのに、俺は出来なかったんだ。
肝心な時に、俺のモノは勃起すらしない。一所懸命に奮い立たせようとしても、気持が焦るのかいっこうに立ち上がらない。
セックスは初めてだったから、これはきっと精神的な事が原因なんだろうって思っていたのに。そう、彼女には悪かったけれど、ソレはソレで、済んだんだ。
だのに、俺は夏休みのクラブ活動で学校に来たときに見た、水泳部の男子にいきなり勃起したんだ。正確に言えば、水泳部の中原康浩の水着姿を見てそれはそそり立ってしまったという事で。
かなりのショックは隠しようがなかった。彼女の水着姿を見ても何も感じなかった俺だったのに、事もあろうに男の水着姿に勃起してしまったんだから。
そうして、それからずっと俺の視線は中原康浩に釘付け。寝ても覚めても考えるのは康浩の事ばかり。これが恋煩いだって自覚するのに、そう時間はかからなかった。
俺の最初でたぶん最後の彼女にその年の秋に別れの宣告をされたときすら、俺はほっと胸をなで下ろした。彼女に対して恋心なんてなかったから。
そのころには十分自分に自覚があったんだ。
ああ、俺ってば...、男にしか感じないんだって。それが何を意味することなのかも分かっていた。誰にも知られてはいけないって事だ。
自分がゲイだなんて、どうして言える。
言えねぇだろう、普通。
二年になって、中原康浩と同じクラスになった。理数の私大コース分けってやつで。不運なのか、ラッキーなのか、そのときの俺はパニックになったものだ。愛おしい男と同じクラスになったのだから、普通の、そう男と女だったら超ラッキーだって思うだろうけれど。
だけれど、俺は心に誓っていた。俺はこの想いは誰にも知られないようにしようと。自分の胸の中にだけ秘めて、日に何度か康浩の姿が見れればそれでいいって。切ない恋心ってやつよ。だから、同じくラスになんてなって欲しくはなかった。建前ではね。
でも、本音を言えば、友達になりたかった。放課後一緒に帰ったり、お互いの家に遊びに行ったり、バカ話で盛り上がったり、したかった。
そんな事を夢見て勝手に妄想にとりつかれたりもしていた。
可愛いもんだよ、俺は。
だけれど、そんな事を続けていれば俺はもっと期待してしまうだろうって事も分かっていた。康浩に触れたい、キスしたい、セックスしたい。
そんな事にならないように、俺はあえて同じくラスになっても康浩を避けていたんだ。
けれど、視線はいつも康浩に釘付け。日に焼けた肌。引き締まった胸板。笑うと見える白い歯。目にかかる黒髪、薄い色した唇。
どうにかなってしまいそうだった。
一度だけ、机が隣同士になった事があった。二年の三学期の事。意識しないようにしても、隣にいる康浩の存在にビリビリと皮膚が震えた。
どうにかなってしまいそうな俺。よく耐えたもんだ。
持ち上がりだから、春休みが終わると自動的にまた同じクラス編成で3年となった新学期。
もうすぐ、この一年が過ぎれば自分の恋は終わり、そしてこんな苦しい想いからも逃れられるって思ったら、泣けてきた。
後悔しないようにこの1年を過ごしたいって思った。
そう、あれは春まだ浅い頃、修学旅行なんてものがあった。普通進学コースでは2年のうちに済ませてしまうものなのだが、今年はスケジュールがずれ込んでこの時期になったのが俺にとって勝負所だと強く感じた。
仲良くなりたい。せめて、俺の顔と名前くらいは覚えていてもらいたかった。この気持を伝えるまでいかなくともね。
「前園リュウジって誰?」
「隆司(たかし)って読むんだよ、それ」
事実上はじめて交わした会話だといっていいかもしれない。一学期間隣で机を並べた同士だというのに、俺と康浩の間に会話なんてなかったから。
「おまえ、タカシってゆうんだ。へぇー、知らなかった」
「中原くんとはあまり接点なかったから」
自分からあえて近づかなかったから。当たり前だ。
「一緒の班だってよ」
「うん、そうだね」
きっと、たったこれだけの台詞を言うのに俺はかなりぎこちなかったと思う。修学旅行の間、ずっと康浩と一緒に行動が出来るのだ。
共に笑い、共に就寝するのだ。そう考えるだけで、俺は旅行の一週間前から眠れない日々を過ごしていた。バカ話をしたりして、俺は康浩の眼中に入るのだ。
この思い出だけで俺はいいって思った。
出来上がってきたスナップ写真を大事に生徒手帳の間に挟み、一生の宝物にしようと決めていた。
俺にしてみれば夢のような数日間が過ぎ、終わっていった。それからも、康浩は何かと俺と話をしたり、放課後一緒に帰ったりもした。
「タカシ、お前なにかスポーツでもしたら。そんな生白い顔して顔色悪いぜ」
何気なく俺の額に触れてくる康浩の手にどぎまぎして、情けないったらない。悟られないように、気づかれないように、普通の友達を演じていても、どこかできっと気づかれるのじゃないかと、俺は怖かった。
俺の気持ちを知ったら康浩はどう思うだろう。
康浩が俺の家へ来たことがあった。どうしても「ブラックジャック」が読みたいと言うから、貸してやると言ったらその足で家までついてきた。その日、康浩はそのまま俺の部屋でブラックジャックを読み始めて何時間も同じ部屋で過ごした。
俺は息苦しくなって、部屋の窓を開けた。もうじき秋も終わり、冬になる。もうじき、俺の恋も終わる。そんな感傷めいた感情がわき起こってたまらなくなった。
「さみぃって、タカシ」
康浩は俺の事を「タカシ」と名前で呼んだ。そのことが嬉しくて、そして悲しかった。
「ごめん、窓、閉めたほうがいい」
「暑くないだろぅ、別に」
そう言いながら俺に振り向いた康浩の視線が一瞬とまった。真っ直ぐに俺を見て、目を細める。
「なに」
「いや、別に」
ドキリとした。
「俺、なんか変」
「そういう意味じゃねーよ。夕焼けがタカシの顔に映って、オレンジ色に染まって見えたからさ」
だから、どう見えたの。
「変な意味に取るなよ。ちょっと幻想的な感じに見えた。消えそうって言うの」
このときほど、康浩と両思いになれたらって思ったことはない。駆け寄って「好きなんだ」って言ってしまいそうだった。
あれから冬が来て、俺達は受験生まっただ中に入っていった。もともと俺らの学校は持ち上がり組がほとんどで、それほどピリピリした雰囲気はなかったけれど。そういう俺も推薦で持ち上がる事がほぼ決まっていた。
康浩は他の大学を受けると言っていた。
本当にこれで終わりなんだなって、思った。
「タカシ、なに感傷ぶっこいてんの」
窓辺にもたれ、俺は今までの三年間をふりかえっていた所だった。
「あ、康浩。もう部活終わったの」
俺はいつしか康浩と呼び捨て出来るようになっていた。康浩はなんでも俺に言ってくれる。家族の事や、進学の事。この時期になって俺と康浩はまるで昔からそうだったようにペアにだった。
外は冬も終わり、俺達の三年間も終わろうとしていた。
もしかしたら、俺がこのまま何もなく康浩と友達だったら俺達の友情はまだ続くのだろうかと思わせた。そうだったらいいのに。
「送迎会だって、これから。タカシ、どうする」
水泳部の星と呼ばれた康浩はこの時期になってもまだクラブに顔を出していた。とっくに他の者は引退しているのに。
「どうするって、それじゃあ俺は帰るよ」
「一緒に出ればいいじゃん」
「俺、関係ないじゃん」
「それがさ...」
言葉に詰まる康浩は自分の鼻先を右手の人差し指でポリとかいた。困っているときの康浩の癖だ。
「なんか、俺に用事でもあるの」
「俺の後輩で、水泳部の女子がさ、お前のファンなんだって。それで、連れてこいって言われてんだ」
「ファン~~~、なに、ソレ」
あの夏の日以来、俺は女の子と接点を持った事がなかった。なにしろ、興味がなかったし。
「お前のファンつーか、お前を狙っていた女って結構いんのよ。お前って俺らの前じゃ普通なのに女の前じゃ無表情だろ。そこがいいんだと。「ストイックでカッコイイ」なんだと」
そう言って、ばか笑いをする康浩に軽く睨みを効かせた。
「まぁ、まぁ、そう怖い顔すんなって。もう卒業だろ。お願いされた訳よ俺は」
何も知らない顔で、のんきにそう言う康浩になんの罪もない。そんなことは分かっている。俺が顔を出すことで康浩の顔が立つのならば、それはそれでいいやと、俺は軽くため息をついた。
「いいよ、行っても」
「マジ!助かった。タカシって女に興味なさそうだったから、絶対に断られるって思ったんだけど、言ってみるもんだな」
ドキンと心臓がはねる。そうさ、女になんて興味ないさ、俺の眼中には康浩しかいないんだから。
水泳部の送迎会は、カラオケの一室だった。広い部屋で、ゆうに二十人は入れる。
既に廊下を歩いているときから水泳部の連中がいる部屋の声は外に響き渡っていた。俺は大勢の人間がいる場所は苦手だったから、部屋に入るのを少しためらってしまった。しかし、足の止まった俺の腕を康浩が強引に引いて部屋のドアを開けた。
黄色い歓声が一際大きくなる。歓迎なのかもしれないが、俺は帰りたくなってしまった。
「前園先輩だー!」
たぶん1年生だろう。自分の知らない顔だった。かといって他の2年3年の女性徒の顔と名前が一致するかと言えば、そんなことはまるでないのだったが。
「前園先輩を本当に連れてきてくれたんですねー、さすが康浩先輩」
康浩を名前で呼ぶ女の子へと視線を向けた。ここでは康浩は男女共に慕われているんだと実感する。それにしてもプールの塩素で抜けたのか、もともと色を抜いたのかはわからないが、女生徒達は一応にして髪の色が茶色だった。
「プールに浸かっていると髪の色も抜けちゃうんだね」
何気なく聞いたつもりだった。そして一斉に笑い声。
「やだ、前園先輩って本当に彼女とかいないんだ~。今時染めてない子の方が少ないよー」
よけいなお世話だと思った。別に女生徒の最近の流行などは興味などないのだから。
「彼女とかいないんですか?」
俺の隣に座ってきた女生徒が聞いてきた。俺はきっとおもむろに嫌な顔をしたに違いない。こんな所にのこのこ顔を出すのではなかったと、今更ながらに後悔の念が押し寄せる。
「ナンパはよせよ、清美。タカシは俺のもんなんだから」
ドキンと心臓がはねる。俺と清美と呼ばれた女生徒の中に康浩は割って入り事もあろうが俺の身体をぐいと自分の方へ引き寄せた。これはこの場だけの軽いジョークなんだとしても、俺の本心は飛び上がらんばかりに浮き上がってしまった。
「わ~、いやらしい~。出来てんの?先輩たち~」
歓声が上がるが康浩はお構いなしだった。きっと俺は耳まで赤くなってしまっていたかもしれない。こんな言葉一つでこんな反応していたら怪しまれるだけだと分かっているのに。そして追い打ちをかけるように康浩が耳元で囁く。
「悪かったな、こんな所につれだして」
康浩の優しい心遣いだって事は、百も承知なんだけれど。ドキドキは止まることはなかった。
カラオケパーティから解放されたのはそれから1時間後くらいだっただろうか。俺と康浩は近くのコンビニで肉まんを一つずつ買い、夜空に輝く綺麗な星を眺めながら歩道を歩いていた。
「つまんなかったろ」
「そうでもない」
「ウソつけ、思い切り無表情だったくせに」
それは、どういう顔をしたらいいのかわからなかったからだ。
「でさ、タカシ。本当の所はどうなのよ」
「本当の所って、なに」
「彼女とか、前はいたんだろ。聞いたことがある」
康浩が何を聞きたいのかわからなかった。今までに一度だってこんな事は聞かれたことはなかった。
「ずっと前にね、一度だけいたことはあるけれど。なんで今更こんな事聞くんだよ」
「...、さっき言った事ホント。もしタカシに彼女とか、好きな女とかいたら俺嫉妬するかも」
これは、この言葉は何を意味するんだろう。俺はかじりかけた肉まんをじっと見つめたまま動けなかった。
「さっき、言ったろ。俺のもんだって。あれは、俺のホントの気持」
ドキドキ脈打つ心臓は今にも止まりそうに飛び跳ね、気持とは裏腹に俺はその場から動けなくなってしまった。
「最後まで、卒業するまで言うつもりは無かったんだ。驚いたか?」
首を縦に振るのが精一杯だった。その台詞は、俺がずっと康浩に言いたかった言葉だった。
「愛とか恋とか...、そんなんはよくわかんねぇんだけれど。俺はタカシを独占したいっていうのが毎日ふくれあがっていくんだ。止めることなんか出来そうにねぇしさ、これってきっとお前の事が好きなんだと思う。気持ち悪いと思うか、俺のこと」
ああ、康浩。いったいいつから。どうして俺は康浩が自分に対して抱いている感情に気付けなかったんだろう。だって、俺も精一杯だったんだ。
「気持ち悪いだなんて思わない」
もっと沢山の言葉で康浩に言いたいことが山ほどあるはずなのに、俺は涙声でたった一言、その言葉を言っただけだった。
「俺も、ずっと康浩の事好きだった」
小さく、消えてしまいそうな声で囁いた俺の言葉ははたして康浩に届いただろうか。手が震えているのは寒いからじゃない。落ちてしまいそうな肉まんをこの期に及んで支えている自分が滑稽だと思った。
「ほら」
差し出された康浩の手。これは自分に差し伸べられているものだと気づくのに一瞬遅れる。
「ほら、手ぇだせよ」
誰も通らない、静かな歩道。差し出された康浩の手に自分の手を重ねる。ぎゅっと握りしめられる感触がたまらなく愛おしかった。
手をつないでいこう。
康浩に俺の今までの気持を話すのはこれからでいい。
あっけなくやってきたこの幸運を、ベタだけれど星に願いをこめていつまでもこうしていられるようにと思う。
俺と康浩はお互いの顔すらまともに見ることが出来ずに、手をつないで歩いていった。
その手の温もりだけを感じて。
甘酸っぱい恋って感じでこのお話が大好きです。
これからもいいお話を書いてください。
楽しみにしています。
こんにちは、日向夏姫です。
感想頂きまして、ありがとうございます。
このようなタイプのお話は、好きですか?そうですかー!
ありがとうございます。
可愛い恋話、これからも書いて行きたいと思います。
宜しくお願いいたします。