イッチ×葵の最近のブログ記事

 「あー…、そっか」
 間の抜けた声で葵が言う。
 「イッチ、女いないんだったもんね」
 「うるせー」
 「もてそうなのに、なんでだろ」
 「おめーと連んでいたんじゃ女も寄って来ないつーんだ、ボケっ」
 「あ、ひでー言い方。じゃ、俺ちょっと女調達してくっから」
 ちょっと、待て!どうしたんだ、その行動力は、どこから来るんだ。いつものぼーっとした葵はどうしたんだ。
 俺は焦った。
 いくら暑いからって、とうとう頭にまできたのかと。俺が止める腕を振りきって葵はにへらっと笑うと立ち上がり、ぱんぱんと尻をはたき辺りを見渡した。
 マジ、やるきだった。

 夏休み。
 だからといってオレには何のイベントもない。
 ま、せめてバイトの時間を増やすことくらいだろうか。
 ため息を思わずついてしまうオレ、田中市乃は高校三年生。巷の高校三年といえば受験真っ盛りだろうが、さほど受験校ではない、というか、全く受験校でない俺らのガッコは三年生だからといってあくせく勉強に励むやつなどいなかった。
 そこが、俺らのガッコのいいところである。
 
 今日も葵がオレの部屋に遊びに来ている。別にオレの部屋は寮でもなければたまり場って訳でもない。だいたい、オレが一人で住んでいることだってクラスの連中のほとんど九割は知らないはずだった。知っていたところで、オレんちに入り浸るのは、こいつ位しかいねえっつーのよ。
 暑さのせいで、なんか無性に腹がたってくる。
 バカ面して葵は「笑う犬の冒険」のビデオを見ている。
 イライラしている割には、オレってば時々一緒に笑ってしまう。
 ため息はいろんな意味をも含めているってもんだ。
 エアコンは、派手な音を立てる割には、一向に涼しげな風を送っては来ない。エアコンと呼べる以前の代物だから、文句も言えはしないんだが。
 質屋の店先でこれを見つけ「アンタにゃこれで十分」と言い放った母親を今更ながらにうらめしく思うぜ。うらー!
 ガタガタとうるさく音を立てるクーラー(エアコンとは言えない)に時々ビクつく葵はちょっと笑える。
 「オメーの家に帰れば、ヒンヤリ冷てー風の出てくるエアコンがあんだろがよ」
 ってオレの足下に頭を乗せている葵の後頭部めがけて蹴りを一発おみまいしてやる。聞こえないくらいの小声で悪態をつきながら葵が口をとがらせて文句を言った。
 「それって、帰れってこと?オレ邪魔?」
 「う……、別にそーいうんじゃねーけどよ」
 別に葵は邪魔じゃない。
 特に話をするわけでもなく、ヤツはヤツで好きなことをしていて、オレも自分の好き勝手にやっている。たまに一緒にビデオなんか見て、ばか笑いすることも最近では多くなってきていた。
 そこに葵がいること。
 オレは慣れてきてしまった。
 なんかヤバイ感じ…。
 
 「別に邪魔じゃねーけどよ、好きこのんでこの狭い部屋で暑苦しい男二人でいることねーじゃん」
 「それじゃ、イッチ俺んち来る?」
 「マジ、パス」
 それだけは勘弁してほしかった。葵のかーちゃんに会った事はねーけれど、今更どの面さげて会えってゆーのよ。
 「初めまして、田中です」
 とか挨拶すんの?
 マジ、パスって。
 この焦りは葵とセックスした事実があるからこそなんだって、ちょっとは自覚ある。
 「あーー、暇だー!」
 俺は両手を天井に向けたままベットに倒れ込んだ。すかさず葵がベットにはい上がり俺に覆い被さる。俺の顔に両手を添えて、軽くキスした。
 「あっちーってのよ、お前」
 「まあ、確かに。今日はヤル気になんない?」
 小首をかしげて、それでも俺の意見に同意する葵。確かに暑いのは暑いが、お前のまだ見たことの無いかーちゃんの顔がちらついて、ヤル気にはならなかった。
 「ねーよ。どけっ」
 かーちゃんの顔もそうだったが、ただでさえこの暑い部屋の中で、セックスしてこれ以上体力消耗したくなかったのが一番の理由だと思った。
 「じゃあ、どっか涼しいとこ探して外に出ようか」
 葵がすっくと立ち上がり俺を見下ろした。こういう変わり身の早さも葵の葵であるいいところだ。
 「めんどくせ~」
 未だベットに倒れ込んだまま起きあがれないでいる俺に向かって、葵がメットを投げつけてきた。
 ゴンっと鈍い音。
 「てめー!ぶっ殺す!」
 「早く、行くよ」
 
 そんな訳で、俺達は外に涼みに出かけた。
 
 「お前、金持ってる?」
 「んーと…」
 葵がそうやってジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
 「千二百…五十三円」
 「んだよ、その五十三円ってのはよ」
 「コンビニの釣り。イッチはいくら?」
 「四百円」
 「ダリー…」
 まさに、だりぃわ。
 二人あわせて千六百五十三円。なんか食えるかな。
 現実にぶち当たって俺らは歩道の上に座り込んだ。空は青々、雲は白い。そして俺らはビンボウ。
 くっそ、暑いっつーのよ……。
 「おねーさんでも、ナンパしねぇ?」
 やる気のなさそうな声の割には、やけに気合いの入った台詞を葵が言い出した。
 「ナンパ~?だりぃ…」
 「一発やって、飯おごってもらうの。どうよ」
 「…、お前って最低なヤツな」
 お得意の口をとがらせた顔で「そうかなー」なんてほざいている。こいつの貞操観念ってどんなもんやって聞いてみたいね。
 つーか、誰に聞くのよ。
 自分に自分で突っ込んで起きながら、俺自身にもそんな大層なもんは持ち合わせていないってことに気がついていた。
 
 葵が、空を見上げながらいつもの平坦な口調で話し始めた。
 「最後にヤッタ女がさぁ、すっげーかったのよ。ぬるぬるのべとべとでさ、俺のモモんところまでびっしょり濡れちゃって、こいつ水分取りすぎなんじゃねーのって、マジ思ったよ」
 「おめー、それって別の言い方で言うと『感度いい』って言うんじゃねーの」
 「そーとも言うのかもしんねーけど、俺はまったりと濡れるくらいのが好きだな」
 へラッとした顔で言う葵に一発けりを入れてやった。
 「いてー」
 尻をさすりながら、下からにらみ付けてくるが、俺の知ったこっちゃねーっつーのよ。万年女日照りの俺によくもそんな事言えるな、くそガキが。

 葵のからみつく指が俺の肩を掴む。
 「う…ん…。イッチ、あ…」
 数日ぶりにいい天気だっていうのに、俺達は部屋にこもりせわしく腰を動かしていた。なんでこんな事になったのかなんて、始まってしまえば理由なんて忘れてしまった。
 きつそうな顔をする葵の眉間に縦皺がたつ。
 「痛く、ねぇ…の」
 「大丈夫、すっげ、キモチイイ」
 白く吐き出される息。蒸気した頬。粘膜が刺激を加えて、快感が頂点にまで達する。
 「俺、もう、イク」
 「イッチ、まって」
 「待てねぇっつーの」
 白い背中を後ろから抱きしめ、骨張った葵の腰をおもむろに引き寄せた。感度いいんじゃねーの、こいつ。絶妙のタイミングで締め上げてくる。
 「ん…、はぁっ」
 ああ、やばい。今日も俺の方が先にイッテしまった。今回と言ってもそう回数がある訳じゃないが、一度も葵より後にイクことがない。
 それって、ちょっと悔しい。
 挿入部分を引き抜くととろりとした体液が流れ出る。葵の俺を飲み込んでいた部分は少しだけ血がにじんでいる様子だった。
 「おい、お前、血ぃ出てるって。やばくないか」
 俺は焦って飛び起き、確かこの辺に絆創膏とか入れてあった箱があったはずだと、素っ裸のまんまテレビの横にあるカラーボックスを漁った。
 「なにしてんのぉ」
 気の抜けた声が後ろからする。
 「何って、お前のケツになんか、塗っとかないとやばくねぇの」
 「舐めときゃなおるでしょ」
 「どーやって舐めるんだよ、テメーが自分で舐めるのかよ」
 「俺には無理」
 「じゃ、誰が、だよ」
 人差し指が俺を指さす。冗談じゃねぇっしょ。確かに俺に責任があるかもしれねぇけど、なんでお前のケツ舐めて治すのよ。
 「ひゃはは」
 しわくちゃになったシーツに横たわり、少しぐったり気味の葵が額に一筋金髪を垂らしながら、引きつった笑いをしてみせた。
 がさごそと、俺はかなりマジになって軟こうを探した。どっかにオロナインかなんかあったはずだ。はたしてそれが効くのかどうかは分からないけれど、何も塗らないよりもマシだろう。そして、小さなチューブを見つけた。
 「シリ、見せろ」
 「いや~ん」
 身をくねらせて葵が毛布にくるまる。
 「キショ悪ぃ事してんなって。見せろって、ほら」
 実際の所、男同士がシリの穴に軟こうを塗る事自体、キショ悪い事なのかもしれないが、それは今更言いっこ無しなのだ。
 確かに、亀裂が走り血がにじんでいた。痛いはずだと俺は思う。
 「葵、痛かったらそう言えって」
 「…、うん。でもさ、痛いっていうより気持良かったよ。痛いのか感じちゃうのか、紙一重ってやつ?」
 マゾか、こいつ。って心の中で突っ込んだ。
 人差し指で葵の亀裂にそっと軟こうを塗ると、くすぐったいのか葵は身をくねらせて笑う。
 「ねえさぁ、イッチ」
 「ん?」
 「俺とマジでつき合わない?」
 俺は、軟こうを塗る指が瞬間止まってしまった。俺と葵はどういう関係なのかなんて、本当の所、考えたくないのが本音だった。
 「マジつき合うってどういうことよ」
 「不純同性交遊じゃなくって、愛のあるセックスがしたい」
 待て!おいこら、待て!その台詞を今の俺に言うな。たった今セックスし終わったばっかりなだけに、言葉につまる。そう来るのかお前!
 「愛のある、セックスぅ?」
 「そう、愛のあるセックス」
 「お前にはあるんかよ。愛」
 「…、あるよ」
 ぐちゃぐちゃに絡まった金髪がシーツの上に広がる。もう夕方近くなっているのかもしれない。差し込んでくる光が鈍くなり、葵の顔がひどく憂鬱そうに見えた。
 そんなマジな話されても、俺は困るのだ。
 愛があるとか、ないとか。
 「俺、最初っからゆってんじゃん。イッチが好きだって」
 だから、それが信じられないってーのに。
 「俺の言ってること、信じられないって顔してる」
 「ったりめーだ」
 「どう言ったら信じるかなぁ」
 のそりと起きあがる葵はシーツに手をついたまま、四つん這いになり俺の方へと近づいて来た。そしてそのまま広げた俺の両足、股にまたがる。
 じーっと見つめる視線はなんとなく薄気味悪い。こんな間近で葵の顔を見たことはなかった。ふさふさとした金髪は少し陰り、それでなくても男にしてはやけに白い肌が電気のついていないこの部屋の中で青白く見えた。
 濡れたみたいに光っているのは葵の瞳だけで、こいつが本当は男じゃなかったら、妖怪かとすら思えた。それほど、葵は男臭さが漂っていないのだ。
 男臭さどころか、人間臭さすら無いと言える。
 「ねぇ、イッチ。俺の話聞いてる?」
 「ん、ああ。聞いてねぇ」
 「どこ見てんのさ」
 「お前の顔。見れば見るほど、お前って綺麗な顔してんのな。でもなんか、人間臭くねぇっていうか…。よくわかんねぇけど」
 女みたいな顔をしているとかじゃないんだ。こいつの計り知れない不気味さはよっく知ってるし。こう見えてもケンカは強いんだよなぁ。
 「この顔は好き?」
 「はぁ?」
 「じゃ、俺のこと好き?」
 「マジ、面倒くせぇって。その話」
 少しむっとした葵はいきなり俺を押し倒し、馬乗りになった。
 葵の事好きかって聞かれた瞬間、俺ってば「うん」なんて返事しそうになってしまった。好きって聞かれたら、好きだと思う。
 「面倒くさいってなんだよ」
 「セックスしてんだから、そのくらい分かれって。重い、どけっ」
 ベットの端に葵を突き飛ばし、俺は冷蔵庫を漁りにいった。なんか今日のこいつはおかしくないか。いや、いつもおかしいんだけれど、いつにも増しておかしすぎる。
 「お前さ、今日アレ飲んで来た?」
 「クスリ?」
 「飲んできたんだろうな」
 葵は不適な笑いを浮かべている。なんだと、このヤロウ!飲んでないんかい。
 「飲んできたよ。そんなことと、今言ってること、関係ないじゃん」
 「勘弁してくれよ。なんで今更そんな事言い出すんだって」
 ペットボトルに直接口をつけてポカリスエットを飲み干した。
 真剣に考えた事なんてないっつーか、わざとその事には思考を停止させていたのに。つき合うのとつき合わないのと、何か今後の違いはあるんだろうかと、今俺は真剣に考える事にした。
 セックスがあるのと、ないのとの差かな。
 「おい、セックスがあるのとないのとの違いなのか?つき合うのとそーじゃねーのとって」
 「違うよ、そんなんじゃない」
 幾分低めの声で葵が答えを返してきた。そうじゃないと言うならば、それはきっと精神的な事も含まれるということだろうなと、さすがの俺も気がつく。
 だけれど、それは…。
 まだ俺は超えられないって言うか。葵は好きなんだけれど、最近じゃセックスも頻繁にしているけれど、それは愛とか恋とか、恋愛っていうか。
 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
 「もう、いいや~」
 にへらと笑う葵の笑顔が泣いているみたいに見えた。ひょっとして俺はなんかまずいことでも言ったんじゃないかと少し焦る。
 「葵?」
 トンとキッチンの端に俺はペットボトルを置いた。
 葵は返事をしなかった。そしてするりとベットから細い足をおろすと下着を着け始めた。それから下に乱雑に脱ぎ散らかした中からシャツを拾い上げ手を通す。別によくある風景なんだけれど、俺はやっぱり焦っていた。
 「葵」
 「なにぃ」
 いつもの葵だが、いつもと少し違う。
 「俺にどうしてもらいたいんだよ。つき合うって、今までとどう違うのかゆってくんない?」
 葵は困った顔をしていた。こいつの困った顔なんて見るのはもしかして初めてかもしれなかった。葵がどういう過去を持っているかは、少しなら知っているし、他のやつらより、少しは葵の事を知っているはずの俺だけれど。
 「今日は、クリスマスだって、知ってる?」
 葵は窓の外の薄明かりをぼんやり見ながらそう言う。そんな話をしていたはずじゃないのは十分分かっているんだろうけれど。
 「俺さぁ。クリスマスって嫌いだったの。でも今日はイッチが側にいてくれるじゃん」
 やっぱ、訳わかんねぇ。
 「ケーキ、買ってやろうか」
 別にご機嫌取りで言った訳じゃない。それでも、にっこりと笑う葵がなんか妙に可愛いと思えた。
 「俺、ケーキってあんま好きじゃない」
 「嫌いなんかよ!」
 「でも、二人で食うのはいいかもね」
 「どっちなんだよ…」
 別にケーキっていっても、ローソンでなんか甘いもんでも買う程度の話なんだが、今日はクリスマス。男二人でケーキを食ったって罰は当たらないだろう。
 表はいつの間にか小雨がちらつき、灰色の空がまるで脱脂綿を湿らせたかのように、重くたれ込めていた。パーカーの帽子をすっぽりと頭にかぶりぐるぐる巻きにしたマフラー姿の葵はもう鼻の頭を赤く染めている。
 俺も着慣れた革ジャンの襟をたてて小走りに外へと出た。
 
 階段の下で、ぱらぱらと落ちてくる小さな雨粒を顔に受けながら、葵は空を仰いでいた。葵の奇行は今に始まった事じゃないから、もうあえて「なにしてんの」なんて俺は声をかけない。
 「さみっ」
 声のする方に振り向き、俺を見つけると葵はまた何を考えていたのかわまんねー笑顔を浮かべる。さっきの続きじゃないけれど、俺はこいつとどういう関係なんかな。俺はまだその答えを出したくなかった。
 
 
 
 ちらちらと、もうすぐ雪に変わるよ、イッチ…。
 ほら、そらが、あんなにも灰色だ。
 
 ねぇ、イッチ。
 知ってる?
 つき合うとかそういうのってさ、好きな感情がこんなふうにあふれて来ることだと、俺は思うぜ。
 
 
 
 2002.12.25
 
 
 

 まるで、ドラッグでもやった後のような感覚がする。
 自分が自分じゃないような。
 目が覚めたら、葵に言ってやろう。
 って、何を。
 わかんねーけれど。
 そんな事を考えながら、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。次に起こされたのは葵の苦しそうな声でだった。まだ、外は暗く、何も映していないテレビの画面は砂嵐だった。横を向くと、狭いベットに二人、葵が俺に寄り添うように寝ていた。
 「や……だ」
 途切れ途切れの苦しそうな声。
 起こした方がいいのだろうかと、戸惑う。
 「う……ん……」
 苦しそうな葵の声が、寒い部屋に微かに響いた。何か夢を見ているのだろう、固く瞑ったままの葵の瞼は閉じられていた。いつもこんなに苦しそうにこいつは寝ているのだろうか。

 何度も角度を変えながらの口づけの最中にも葵は指先で俺の息子を攻めてくる。やんわりと揉みほぐし、形どり、きつく撫で上げる。
 「うっ」
 情けない事に、反応してしまい、声を出してしまったのは俺だった。
 触られれば、反応してしまう、悲しい性。好きだとかそんな感情があるワケではなかった。かといって葵が嫌いなワケでもなかった。
 これも、慣れなんだろうか。
 そんな事も、行為が進んでいくともうどうでも良くなってくる。
 指先で扱かれて、熱い息が上がっていくのを止める事が出来ない。葵の柔らかな舌が俺の口内を舐め挙げていく、それに応える俺。

 葵の上に跨り、買ってきた肉まんを口の中に押し込んでやった。
 「うわっ!あに?おもっ……!あふい。あが……」
 「起きろ、何寝てんだよ」
 「だって、クスリが効いてんだもん。ねむっ……」
 目尻に涙溜める程のデカイあくびをかまして葵はむっくりと起きあがった。
 コンビニの袋からもう一つの肉まんを取りだし、俺はかぶりついた。美味い。
 「葵、この前も言ってたけど、その情緒不安定なクスリって、何よ」
 「情緒不安定なクスリ、じゃなくて情緒不安定を抑えるクスリね」
 「同じじゃねーかよ」
 肉まんを三口で全部口の中に納めた俺は、葵の言う「クスリ」ってのが気になった。こいつは案外ヤバイ奴なのかもしれない、なんて思って。

 はっきり言って俺は苦学生だ。
 オヤジは大阪に単身赴任でのんびり優雅に過ごしている筈だし、ババアは姉貴にくっついてロンドンに在住。姉貴の大学生活同様きっと楽しくやっているに違いない。それぞれみんな、俺ほど金に困っているワケないと思うね。なんで息子の俺だけこんな虐待とも言える立場にいなくちゃなんねぇのか。これがムカつかずにいられるかって。
 親からの仕送りがあるって言ったって、月10万じゃ家賃と光熱費で無くなってしまう。だいたい10万で暮らしていける訳ね~っつ~のよ。
 昨日、大阪にいるオヤジに電話した。
 「金、くれよ~。オヤジ金持ってんだろ?」
 言い方が不味かったのか、隣に女でもいたのかクソオヤジは、「10万で足りなきゃ、取りに来い」なんてぬかしやがった。
 大阪まで行けるかよ。そんな金すら無いってゆーの。
 で、しょーがねーから、俺はバイトをしている訳で。

相変わらず、ガッコの授業はかったるい。この声、子守歌に聞こえてくるぜ。黒板の文字がぼやけて見える。教壇の一番前ってのは結構いいもんだと最近思い始めていた。ここはここでセンコーの死角に入るってことに最近気がついた。
「市乃、飯食いに行こうぜ」
小泉が二時間目の休み時間に言って来た。朝飯食ってないから、丁度良かった。
俺の名前は田中市乃。他のヤツらは簡単にイッチと呼ぶけれど小泉だけは市乃と呼ぶ。マブダチの小泉とは一年の時から一緒で、なんだかんだと連んでいる。

 「カフェオレとオレンジジュース。どっちがいい?」
 転校初日のこの男は、俺ん家の冷蔵庫を勝手に開けて、そう口走った。
 「っていうかさ、お前、何?」
 「何って?」
 「なんで俺ん家いるの」
 「イッチんチが俺のマンションの隣だから」
 勝手にオレンジジュースを出し、適当なグラスにつぎながらこの男は俺を「イッチ」と呼んだ。
 「おめー、何よ。そのイッチって」
 「市乃くんのことです」
 「だぁ~?」
 力無く、言い換えればだらしなく俺は椅子にへたり込んでしまっていた。
 
 思い起こせばあれは遡ること半日前、俺は今日遅刻した。
 ザワザワといつになく五月蠅い自分の教室に入ると俺の席にこいつが座っていたのだった。
 「お前、誰よ。ここ俺の席」
 「……」
 何も答えない金髪に近い髪の色をしたこの男はトロンとした目つきで俺を見上げていた。ラリって間違えて俺の席に座っているんだと錯覚した。そして、隣からの声。
 「転校生で~す!イッチ、今日遅刻したから席は没収されました~」
 んだと!ふざけんな!
 そりゃ、ここん所バイト続きで学校にはあんまり来ないどころか、遅刻ばっかでセンコーがなんだか言っていたけれど、本当に没収されるとは思ってもいなかった。それも、こんな形で。
 「どけ」
 「やだ」
 「どけ」
 「やだ」
 「んだと、こらぁ!」
 拳を振り上げた途端、マブの小泉にその腕を止められぎゅっと目を瞑る見知らぬ野郎が身を縮めるのが目に入った。
 「市乃、転校生には優しく。だろが」
 渋々上げた手を下ろしはしたが、視線は金髪野郎に止めたまま小泉に言った。
 「んじゃ、俺の席は何処よ」
 クラス中が一斉に指さしたその先にあるのは教壇のど真ん前の席だった。
 「ラッキー!イッチ」
 誰かが叫んだ。
 俺は目眩がした。
 
 そして俺は一番前の席でどうにか一日を寝て過ごした訳だが、その眠りの度に脳天をセンセーに直撃され大事な睡眠時間はことごとく金髪野郎のせいで奪われたと言って過言ではなかった。
 「あおい」
 昼休み近くになってから、金髪野郎が俺の机(ああ、一番前の特等席さ)の前に立ち、そう一言言った。なんの事かさっぱり分からなかった。
 「は?」
 「俺、葵っていうんだ」
 「あっそ」
 「飯、おごるから」
 机に突っ伏したまんましばらく俺は動かなかったが、「おごるから」の一言でついうっかりと視線を上げてしまったのだ。それがそもそもの事の始まりだったんだろうか。
 
 
 そして、今の瞬間になる訳だ。
 俺は断じて「俺の家に来ない?」などとコイツを誘ったつもりはない。それどころかコイツの正体ですら「金髪の葵」程度しか知らないのだ。
 確かに昼飯、とはいえ単にやきそばパンと牛乳くらいのモンを買って貰い、屋上で食ったりはした。だが、そんなもんでこんな事になるって普通思うか?
 「ホントにイッチは一人暮らしなんだ」
 昼の間に幾つか言葉を交わした。だけどそれは「どこに住んでいる」とか「家族何人?」とかありふれた話題だった筈だ。
 「一人暮らしじゃね~っつ~のよ。人の話を良く聞け。オフクロと姉貴はロンドンに在住中でオヤジは大阪に単身赴任。だから俺はここのアパートに一人で暮らしているってわけ」
 オレンジジュースをジューっと音を立てて飲み干した葵の目は不信感に燃えていた。
 「嘘ばっか」
 「どこがだよ」
 「ロンドンに在住中していて、父親も単身赴任ならなんでイッチはこんな汚いアパートに一人で住んでいるのさ」
 「家は貸してあるの。そんでその家賃が俺の生活費な訳。いちいち聞くなよ、人んチのプライバシーをよ。悪かったな汚いアパートで。ならさっさと帰れ」
 「つーかさ、そう言うのを『一人暮らし』って言うんじゃねぇの?」
 「人の話を聞けっつーの。帰れよ。」
 「やだ」
 「即答かよ……」
 「だって、俺、イッチに一目惚れしたんだもん。俺もここに住む」
 俺は手に持っていた牛乳パックを床に落としそうになった。
 言うに事欠いて、こんな理由を押しつけられて「そうですか、なら一緒に」なんつーヤツがいたら拝みたいね。ってか、そんなヤツぶっ殺す!
 
 「いいか、よ~~~く聞け。お前は誰だ。なんで俺なんだ。」
 勢いよく丸い小さなテーブルに俺は牛乳パックを置いた。きょとんとした顔で葵は俺を見ている。
 「俺は~、松尾葵でぇ一八歳。んで、なんでイッチかって言うと、一目惚れだから」
 「違うだろ!お前間違ってる!」
 「どこが~?」
 ヤケに間延びした葵の応えが妙に感に触った。何処が、と言われて何処と言えない自分にも腹が立ってきた。だから、違うだろ、それ!
 「なんだよ、一目惚れって。俺に惚れたんかよ」
 「そうだよ。好き」
 「言うなーっ!」
 全身に鳥肌がたった。こんなに鳥肌たったのって「13日の金曜日」を小学生の頃無理矢理姉貴に見せられて以来だった。
 「お前、ホモかよ」
 恐る恐る聞くと、葵はしばらく考える風な面もちを見せ、首を傾げている。どうなんだよ、ってか、男を好きだなんていうヤツはホモ以外ねぇだろ。この場合。
 「違うと思う。だって男を好きになったのってイッチが初めてだし。俺男とセックスしたことないよ」
 そ~か?そういうもんか?そーなんか?
 「じゃ、おい。よ……よく考えろ。これは気のせいだ。お前の勘違いだ。お前は今日初めて俺とあったんだよな?」
 「うん」
 「で、初めて俺と口を聞いたんだ。そうだ、なんだ……ほれ、ひよこみたいなもんで初めて見た奴を親と思うのと一緒で、勘違いってことあるだろ。きっとそれだ」
 「何いってんのか、イッチの言っている意味がわかんねぇ」
 俺だって分かんねぇよ。
 「じゃあ、キスしてよ」
 「なんでだ!てめぇ、調子こくな」
 シルバーに輝く金髪を揺らめかせながら葵は潤んだ瞳で二度瞬きをしたかと思うと、ゆっくりとその顔を近づけてきた。
 白い肌、染めた金髪がなんだか現実を逃避している存在そのものの様な気がしてきて、俺は目を瞑ってしまった。葵のつけているコロンの香りが俺の肌に触れていく。
 柔らかな唇が触れて、そして離れた。
 硬直したかの様に畳にへたり込んだ儘の俺からそっと離れていく葵が男なんんだって自覚するのに数秒かかった。
 「どうだった?」
 思いの外柔らかな髪を掻き上げて葵が俺に聞く。
 「俺に聞いているのか?」
 「キス、嫌じゃなかったでしょ」
 「ばっ……、バカやろう。いきなりキショ悪いことすんなって」
 言葉では悪態ついても、事の成り行きについていけない俺の脳味噌は「キスは男でも女でもかわんねぇじゃん」とか考えてしまっていた。思い切り、うち消す。
 「今度は、ちゃんとしたやつ、しようよ」
 猫の様な目をして葵は笑う。ああ、こいつ何かに似ていると思ったら俺ん家で昔飼っていた猫に似ているんだ。
 綺麗な目をした猫だった。
 「なんだって?」
 思いが他へと逸れていたせいで葵が何か重大な言葉を言ったらしい言葉を聞き逃していた。
 「今度は、ちゃんとしたキス。しようよ、イッチ」
 「ふざけんな。てめえ調子こくな!俺はそんな趣味はねぇんだよ」
 「趣味じゃねぇよ。俺、本気」
 言いながら、葵はバサッと制服のガクランを脱いだ。
 「な……!何脱いでんだよ……」
 「俺、マジなんよ。するときはちゃんとするの」
 白いシャツのボタンにまで指をかけ、アンダーシャツまでもあっという間に脱ぎさってしまった。部屋の中とはいえ、今は12月。俺の部屋はそんなに暖かくなんてない。
 上半身裸になった葵の肌は白く、本当に今まで見た女のどの肌よりも白かった。もしかしてその金髪も自前なんかと思うくらいの日本人離れした色の白さに圧倒されてしまった。
 「お前、さみくねぇの?」
 「へーき」
 へへっと笑いを口元に浮かべてはいるが、その目は欲情でもしているかのように濡れていた。その目を見たとき俺はマジ、ヤバイと感じた。けれどもう遅く、葵に肩を押さえつけられ情けなくとも俺には為す術はなかった。いや、思い切り突き飛ばすという最後の手段があったにはあった筈なのに、俺は出来なかった。
 間近で見れば見るほど葵は綺麗な顔をしていた。
 何時間もその顔を見ていた筈だったのに、今になって初めて葵を一人の葵として見た気がした。
 俺、どうなっちまったんだろう。
 膝を広げたまま両手を畳の縁についたままの俺の中にすっぽりと葵は入って来た。そこでまた、コイツは俺よりも幾分小柄なんだと思う。
 そんな事にいちいち反応している場合じゃないって事くらい充分分かってはいるんだが、どうにも身体が言うことを効かなかった。まだ触れていない皮膚の体温が香ってくるような、痺れた感じだった。
 うっすらと筋肉のついた細い腕を俺の首に回すと薄暗い部屋の中で葵は俺に口づけてきた。
 仄かな、柑橘系の香り。
 これは、さっき葵の飲んだオレンジジュースの香りだと、ぼやけて痺れ始めた情けない自分の頭の中で思い起こしていた。
 葵の舌先が俺の歯列をなぞる。ゆっくりと口を開くと柔らかな葵の舌が挿入されてきた。こいつが男だとか女だとか、考えられなくなっていく俺は、葵の薄い身体に空いている手を回した。
 冷たくなっている細い腰は、俺の指先を感じてヒクリと反応する。
 ああ、たったこれだけの事だっていうのに、俺の身体はうっすらと汗をかいていく。
 深く浅く葵に口中を舐め挙げられ、俺はもう準備万端って感じで、半分やけくその状態だった。細い腰を持ち上げ、葵の身体を自分の身体の上へと乗せる。女にやるのと同じように俺は葵の首筋へと舌を這わせた。それは全くの条件反射というもんだ。
 「イッチ……」
 「バカ、そんな声だすな」
 俺の髪を掻き揚げ、葵が切なそうな声をあげるから、一瞬我に返る。
 「やだ、続けて、イッチ」
 「ん」
 どうにでもなれ、という心境はこういう事態の時にも使われるもんだと自覚する。陽が傾き、俺の部屋は丁度いい感じに薄暗くなり、オンボロのエアコンが微かなうなり声をあげている。
 首筋にキスを繰り返し、そのまま肩先の皮膚の味を堪能した。男にしては柔らかで滑らかな肌。こいつ、本当に男とやった事ねぇのかなと考えるだけの思考力はまだ残っていた。
 「おい、お前、本当に男とやった事ねぇの?」
 「……、いいじゃん、そんなこと」
 「あんのかよ。どおりで慣れてる筈だよな」
 普通の男がこうも抵抗無く、男に身を任せる筈なんかある訳ねぇって。
 「じゃ、聞くけど、この後どうすんのよ」
 「こうすんの」
 そう言い、葵は俺のシャツを脱がせにかかる。それだけに止まらず、すうっと延びてきた白い手は俺の股間を握った。
 咄嗟に、腰を引く俺。ヤバイっていうんよ。
 「イッチ、最後までやる?」
 「やんねぇって」
 「でも、こんなになっている」
 「この年で不感症な訳ねーだろ」
 そう言いながらも、俺の大事な息子をなで上げ、猫の目で上目遣いでさそってきやがる。
 「触んな」
 思わず、葵の手を振りきり、半分だけ脱がされただらしないまんまのシャツを引き寄せた。
 「自分でやんの?」
 くっそー!確かに俺の物ははっきりと形も堅さも絶好調になりつつあった。納める為には一発抜かなきゃなんねぇのは、確かだった。
 若いって、たまんねえよ。
 「イッチは、何にもしなくていいからさ、俺がイッチの右手になってやるよ」
 赤い舌を薄い唇に這わせた葵は、たまんなくエロかった。もう、その口に俺のモンを突っ込んでもいいかなって思い始めてしまった。
 返事をしない俺を、了解と見たのか、それとも俺は生唾を飲み込んだのかもしれなかった。
 とんでもない奴に掴まったかもしんねぇ。
 手際よく葵は俺のジッパーを下げ、なんの躊躇いも無しに口に含んだ。おい、待て!少しは躊躇ったらどうなんだ、と俺は思ったね。
 うあ……!
 纏い付くようなねっとりした葵の舌が粘膜を刺激し始める。俺ってば、口でやるのってそう言えば初めてだった事を思い出す。
 凄く、気持ちよかった。
 それだけは嘘偽り無く言えた。
 そして、あっけなくイッテしまった……。
 情けねぇ~、俺ってば……。
 
 「ん、ぐ……」
 俺の吐き出した精液を喉を鳴らし葵が飲み込んだ。
 「ちょっと、お前。飲んだの?」
 「うん」
 「へ……平気なのか?お前」
 「なんで?」
 「……、なんでもねぇ」
 俺は、飲めないよ、きっと。自分のものは勿論、おめーのだって飲めねぇってば。なんだか凄いことした気がして、途端に焦りを感じ始めてしまった。
 明らかにもう後戻り出来ないって気がしてしょうがなかった。こんな事って、要するにこういうボーダーラインってのはあっけなく自分がそうだと自覚する間もなくやってくるもんなのか。
 「気持ちよかった?イッチ」
 「いや……。良かったも悪かったも、俺も変態の仲間入りですか?」
 確かに、気持ちは良かったのだった。
 「別に、俺、変態じゃないだろ?イッチが好きになったから、イッチの気持ちいいことしてあげたかっただけじゃん。」
 平気な顔してそう言う葵の顔をまじまじと見つめた。
 赤く染まったかのような唇は、濡れていた。俺の体液で濡れているんだと思うとやっぱり嫌悪感は拭い去れない。
 立ち上がった葵は、また冷蔵庫を開け、オレンジジュースのキャップをひねるとそのまま口を付けて一気に飲み干した。
 「それって、どんな味すんの?」
 興味はあったけれど恐くて聞くことが出来なかった。
 空になったペットボトルをトンと狭い台所に置くと、両手で自分の身体を抱き締めるような格好で俺の胸に身体を擦り寄せてくる。もう、よける気力すら残っていなかった。
 「寒いね」
 「服、着ろよ」
 素直にスルスルと脱いだ制服をまた何も無かったかのように着て行く様を見つめながら、自分の後処理を済ませた俺は立ち上がって制服のパンツを脱ぎ、ジーンズに履き替えた。
 なんだか気まずい感じがするのは、俺だけなのか?身支度を済ませた葵はくるりと振り向き、にこりと笑みを作った。
 「男同士でも、なんでもないだろ?感想は?」
 「えっと……」
 言葉に詰まっている俺の髪に葵は手を差し込んできた。ぎょっとしている隙もなく、首筋を引き寄せられてまた口づけされる。
 仄かに苦く甘いオレンジジュース。
 「明日も、来るから」
 「ああ」
 うっかりと、返事を返してしまった。
 
 バタンとドアが閉まり、葵は帰って行った。
 俺は、今言った言葉を取り消そうと急いで玄関のドアを開けて葵を呼び止めようとした。二階にある俺のアパートの階段を景気良く降りていく葵は何を勘違いしたのか、嬉しそうな顔をして俺に向かって手を挙げた。
 「ばかやろー!もう来んな!」
 「聞こえなーい」
 にこやかに笑って去っていく、やはり未だ俺の中では「金髪の男」位の認識しかない葵という奴がまた明日も俺の所にやってくるなんて真っ平だった。
 
 畜生……。
 そう呟いた口の中に、甘くて苦いオレンジジュースの味が広がって行った。
 
 
 END