学園ものの最近のブログ記事

 最悪の一日だった。
 もうこれ以上何もなく一日が終わる事を願うよ。なんでたった一日のうちに男に二度もキスされなくちゃなんねぇのよ、オレ。前田とあんな約束なんかしたのがいけなかったのか?
 「お前のこと、好きだった」
 そう言う前田の顔がフラッシュバックする。冗談で済まそうとするには、前田の目はマジだった。オレ、バカにしていた訳じゃないんだけどな。
 そうは思っても、そっち関係の事にはそうそう寛大になれない理由が悠衣にはあった。
 オレの両親が離婚した一番の理由がソレなんだもんな。
 オレ、そっちのケがあんのかな?あの、黒髪の男にいきなりくちびるを奪われた時、そんなにイヤじゃなかった。いや、いやだったんだけど、生理的に受け付けないというもんでもなかった。前田の時は、一応来るって分かっていたけど、前触れもなくキスされて……、ちゅ~か、なんでオレ襲われなきゃなんね~のさ。

 「なに、見てんだよ」
 見られていたという羞恥が沸き上がる。それと同時に「なんで見ているんだよ」という腹ただしさも沸き上がる。
 何も言わず、視線だけを悠衣に向けて男は背を壁に付けたまましゃがみ込んだ。少し猫背気味に前屈みにしゃがみ込み、口元に笑いを浮かべている。カラカラと音を立てて氷を頬張る仕草が尚のこと人をバカにした様に映り、思わず悠衣はその男のいる場所まで駆け上がった。
 バシっと紙コップを叩き、まだ十分に残っていた透明の液体が床に飛び散った。
 「なに笑ってんだよ、見てんじゃね~よ」
 普段ならこんなことしない。少なくとも友人に対してこんな風に自分の感情を思い切り投げつけるような事はしたことがなかった。目の前にいる男が知り合いでは無かったからといっても、普段の悠衣ならここまで怒りを誰かにぶつけた事などなかった筈だった。

 「あいつさ、お前の知ってる奴?」
 同じクラスの前田からそう言われて初めて、その存在に気がついた。
 区立の図書館ってやつは、この時期学生でごった返している。学期末の試験を控えた12月のこのシーズンだ。オレは最も苦手としている国語の解読を教えて貰う為に、ここに来ていた。虫は好かないが、クラス1の学力を誇る前田に条件付きで今日一日教えて貰うのだ。
 「どの奴?」
 分厚い国語辞典を広げた上にノートを被せたまま、前田の目配せした先に視線を伸ばした。
 しかしオレを見ている様な人間は、その先には誰も見あたらなかった。
 「ほら、グレーのシャツ着ている男。さっきからお前の事見ている」
 そう言われても、この時期グレーのシャツ着ている奴なんざ、ザラにいるしこっち見ている男なんてオレには見つけることなど出来なかった。
 「わかんねーよ。それよりなんでこの長文を指す箇所が、これになるのか意味わかんねー」
 

 「あー…、そっか」
 間の抜けた声で葵が言う。
 「イッチ、女いないんだったもんね」
 「うるせー」
 「もてそうなのに、なんでだろ」
 「おめーと連んでいたんじゃ女も寄って来ないつーんだ、ボケっ」
 「あ、ひでー言い方。じゃ、俺ちょっと女調達してくっから」
 ちょっと、待て!どうしたんだ、その行動力は、どこから来るんだ。いつものぼーっとした葵はどうしたんだ。
 俺は焦った。
 いくら暑いからって、とうとう頭にまできたのかと。俺が止める腕を振りきって葵はにへらっと笑うと立ち上がり、ぱんぱんと尻をはたき辺りを見渡した。
 マジ、やるきだった。

 夏休み。
 だからといってオレには何のイベントもない。
 ま、せめてバイトの時間を増やすことくらいだろうか。
 ため息を思わずついてしまうオレ、田中市乃は高校三年生。巷の高校三年といえば受験真っ盛りだろうが、さほど受験校ではない、というか、全く受験校でない俺らのガッコは三年生だからといってあくせく勉強に励むやつなどいなかった。
 そこが、俺らのガッコのいいところである。
 
 今日も葵がオレの部屋に遊びに来ている。別にオレの部屋は寮でもなければたまり場って訳でもない。だいたい、オレが一人で住んでいることだってクラスの連中のほとんど九割は知らないはずだった。知っていたところで、オレんちに入り浸るのは、こいつ位しかいねえっつーのよ。
 暑さのせいで、なんか無性に腹がたってくる。
 バカ面して葵は「笑う犬の冒険」のビデオを見ている。
 イライラしている割には、オレってば時々一緒に笑ってしまう。
 ため息はいろんな意味をも含めているってもんだ。
 エアコンは、派手な音を立てる割には、一向に涼しげな風を送っては来ない。エアコンと呼べる以前の代物だから、文句も言えはしないんだが。
 質屋の店先でこれを見つけ「アンタにゃこれで十分」と言い放った母親を今更ながらにうらめしく思うぜ。うらー!
 ガタガタとうるさく音を立てるクーラー(エアコンとは言えない)に時々ビクつく葵はちょっと笑える。
 「オメーの家に帰れば、ヒンヤリ冷てー風の出てくるエアコンがあんだろがよ」
 ってオレの足下に頭を乗せている葵の後頭部めがけて蹴りを一発おみまいしてやる。聞こえないくらいの小声で悪態をつきながら葵が口をとがらせて文句を言った。
 「それって、帰れってこと?オレ邪魔?」
 「う……、別にそーいうんじゃねーけどよ」
 別に葵は邪魔じゃない。
 特に話をするわけでもなく、ヤツはヤツで好きなことをしていて、オレも自分の好き勝手にやっている。たまに一緒にビデオなんか見て、ばか笑いすることも最近では多くなってきていた。
 そこに葵がいること。
 オレは慣れてきてしまった。
 なんかヤバイ感じ…。
 
 「別に邪魔じゃねーけどよ、好きこのんでこの狭い部屋で暑苦しい男二人でいることねーじゃん」
 「それじゃ、イッチ俺んち来る?」
 「マジ、パス」
 それだけは勘弁してほしかった。葵のかーちゃんに会った事はねーけれど、今更どの面さげて会えってゆーのよ。
 「初めまして、田中です」
 とか挨拶すんの?
 マジ、パスって。
 この焦りは葵とセックスした事実があるからこそなんだって、ちょっとは自覚ある。
 「あーー、暇だー!」
 俺は両手を天井に向けたままベットに倒れ込んだ。すかさず葵がベットにはい上がり俺に覆い被さる。俺の顔に両手を添えて、軽くキスした。
 「あっちーってのよ、お前」
 「まあ、確かに。今日はヤル気になんない?」
 小首をかしげて、それでも俺の意見に同意する葵。確かに暑いのは暑いが、お前のまだ見たことの無いかーちゃんの顔がちらついて、ヤル気にはならなかった。
 「ねーよ。どけっ」
 かーちゃんの顔もそうだったが、ただでさえこの暑い部屋の中で、セックスしてこれ以上体力消耗したくなかったのが一番の理由だと思った。
 「じゃあ、どっか涼しいとこ探して外に出ようか」
 葵がすっくと立ち上がり俺を見下ろした。こういう変わり身の早さも葵の葵であるいいところだ。
 「めんどくせ~」
 未だベットに倒れ込んだまま起きあがれないでいる俺に向かって、葵がメットを投げつけてきた。
 ゴンっと鈍い音。
 「てめー!ぶっ殺す!」
 「早く、行くよ」
 
 そんな訳で、俺達は外に涼みに出かけた。
 
 「お前、金持ってる?」
 「んーと…」
 葵がそうやってジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
 「千二百…五十三円」
 「んだよ、その五十三円ってのはよ」
 「コンビニの釣り。イッチはいくら?」
 「四百円」
 「ダリー…」
 まさに、だりぃわ。
 二人あわせて千六百五十三円。なんか食えるかな。
 現実にぶち当たって俺らは歩道の上に座り込んだ。空は青々、雲は白い。そして俺らはビンボウ。
 くっそ、暑いっつーのよ……。
 「おねーさんでも、ナンパしねぇ?」
 やる気のなさそうな声の割には、やけに気合いの入った台詞を葵が言い出した。
 「ナンパ~?だりぃ…」
 「一発やって、飯おごってもらうの。どうよ」
 「…、お前って最低なヤツな」
 お得意の口をとがらせた顔で「そうかなー」なんてほざいている。こいつの貞操観念ってどんなもんやって聞いてみたいね。
 つーか、誰に聞くのよ。
 自分に自分で突っ込んで起きながら、俺自身にもそんな大層なもんは持ち合わせていないってことに気がついていた。
 
 葵が、空を見上げながらいつもの平坦な口調で話し始めた。
 「最後にヤッタ女がさぁ、すっげーかったのよ。ぬるぬるのべとべとでさ、俺のモモんところまでびっしょり濡れちゃって、こいつ水分取りすぎなんじゃねーのって、マジ思ったよ」
 「おめー、それって別の言い方で言うと『感度いい』って言うんじゃねーの」
 「そーとも言うのかもしんねーけど、俺はまったりと濡れるくらいのが好きだな」
 へラッとした顔で言う葵に一発けりを入れてやった。
 「いてー」
 尻をさすりながら、下からにらみ付けてくるが、俺の知ったこっちゃねーっつーのよ。万年女日照りの俺によくもそんな事言えるな、くそガキが。

 葵のからみつく指が俺の肩を掴む。
 「う…ん…。イッチ、あ…」
 数日ぶりにいい天気だっていうのに、俺達は部屋にこもりせわしく腰を動かしていた。なんでこんな事になったのかなんて、始まってしまえば理由なんて忘れてしまった。
 きつそうな顔をする葵の眉間に縦皺がたつ。
 「痛く、ねぇ…の」
 「大丈夫、すっげ、キモチイイ」
 白く吐き出される息。蒸気した頬。粘膜が刺激を加えて、快感が頂点にまで達する。
 「俺、もう、イク」
 「イッチ、まって」
 「待てねぇっつーの」
 白い背中を後ろから抱きしめ、骨張った葵の腰をおもむろに引き寄せた。感度いいんじゃねーの、こいつ。絶妙のタイミングで締め上げてくる。
 「ん…、はぁっ」
 ああ、やばい。今日も俺の方が先にイッテしまった。今回と言ってもそう回数がある訳じゃないが、一度も葵より後にイクことがない。
 それって、ちょっと悔しい。
 挿入部分を引き抜くととろりとした体液が流れ出る。葵の俺を飲み込んでいた部分は少しだけ血がにじんでいる様子だった。
 「おい、お前、血ぃ出てるって。やばくないか」
 俺は焦って飛び起き、確かこの辺に絆創膏とか入れてあった箱があったはずだと、素っ裸のまんまテレビの横にあるカラーボックスを漁った。
 「なにしてんのぉ」
 気の抜けた声が後ろからする。
 「何って、お前のケツになんか、塗っとかないとやばくねぇの」
 「舐めときゃなおるでしょ」
 「どーやって舐めるんだよ、テメーが自分で舐めるのかよ」
 「俺には無理」
 「じゃ、誰が、だよ」
 人差し指が俺を指さす。冗談じゃねぇっしょ。確かに俺に責任があるかもしれねぇけど、なんでお前のケツ舐めて治すのよ。
 「ひゃはは」
 しわくちゃになったシーツに横たわり、少しぐったり気味の葵が額に一筋金髪を垂らしながら、引きつった笑いをしてみせた。
 がさごそと、俺はかなりマジになって軟こうを探した。どっかにオロナインかなんかあったはずだ。はたしてそれが効くのかどうかは分からないけれど、何も塗らないよりもマシだろう。そして、小さなチューブを見つけた。
 「シリ、見せろ」
 「いや~ん」
 身をくねらせて葵が毛布にくるまる。
 「キショ悪ぃ事してんなって。見せろって、ほら」
 実際の所、男同士がシリの穴に軟こうを塗る事自体、キショ悪い事なのかもしれないが、それは今更言いっこ無しなのだ。
 確かに、亀裂が走り血がにじんでいた。痛いはずだと俺は思う。
 「葵、痛かったらそう言えって」
 「…、うん。でもさ、痛いっていうより気持良かったよ。痛いのか感じちゃうのか、紙一重ってやつ?」
 マゾか、こいつ。って心の中で突っ込んだ。
 人差し指で葵の亀裂にそっと軟こうを塗ると、くすぐったいのか葵は身をくねらせて笑う。
 「ねえさぁ、イッチ」
 「ん?」
 「俺とマジでつき合わない?」
 俺は、軟こうを塗る指が瞬間止まってしまった。俺と葵はどういう関係なのかなんて、本当の所、考えたくないのが本音だった。
 「マジつき合うってどういうことよ」
 「不純同性交遊じゃなくって、愛のあるセックスがしたい」
 待て!おいこら、待て!その台詞を今の俺に言うな。たった今セックスし終わったばっかりなだけに、言葉につまる。そう来るのかお前!
 「愛のある、セックスぅ?」
 「そう、愛のあるセックス」
 「お前にはあるんかよ。愛」
 「…、あるよ」
 ぐちゃぐちゃに絡まった金髪がシーツの上に広がる。もう夕方近くなっているのかもしれない。差し込んでくる光が鈍くなり、葵の顔がひどく憂鬱そうに見えた。
 そんなマジな話されても、俺は困るのだ。
 愛があるとか、ないとか。
 「俺、最初っからゆってんじゃん。イッチが好きだって」
 だから、それが信じられないってーのに。
 「俺の言ってること、信じられないって顔してる」
 「ったりめーだ」
 「どう言ったら信じるかなぁ」
 のそりと起きあがる葵はシーツに手をついたまま、四つん這いになり俺の方へと近づいて来た。そしてそのまま広げた俺の両足、股にまたがる。
 じーっと見つめる視線はなんとなく薄気味悪い。こんな間近で葵の顔を見たことはなかった。ふさふさとした金髪は少し陰り、それでなくても男にしてはやけに白い肌が電気のついていないこの部屋の中で青白く見えた。
 濡れたみたいに光っているのは葵の瞳だけで、こいつが本当は男じゃなかったら、妖怪かとすら思えた。それほど、葵は男臭さが漂っていないのだ。
 男臭さどころか、人間臭さすら無いと言える。
 「ねぇ、イッチ。俺の話聞いてる?」
 「ん、ああ。聞いてねぇ」
 「どこ見てんのさ」
 「お前の顔。見れば見るほど、お前って綺麗な顔してんのな。でもなんか、人間臭くねぇっていうか…。よくわかんねぇけど」
 女みたいな顔をしているとかじゃないんだ。こいつの計り知れない不気味さはよっく知ってるし。こう見えてもケンカは強いんだよなぁ。
 「この顔は好き?」
 「はぁ?」
 「じゃ、俺のこと好き?」
 「マジ、面倒くせぇって。その話」
 少しむっとした葵はいきなり俺を押し倒し、馬乗りになった。
 葵の事好きかって聞かれた瞬間、俺ってば「うん」なんて返事しそうになってしまった。好きって聞かれたら、好きだと思う。
 「面倒くさいってなんだよ」
 「セックスしてんだから、そのくらい分かれって。重い、どけっ」
 ベットの端に葵を突き飛ばし、俺は冷蔵庫を漁りにいった。なんか今日のこいつはおかしくないか。いや、いつもおかしいんだけれど、いつにも増しておかしすぎる。
 「お前さ、今日アレ飲んで来た?」
 「クスリ?」
 「飲んできたんだろうな」
 葵は不適な笑いを浮かべている。なんだと、このヤロウ!飲んでないんかい。
 「飲んできたよ。そんなことと、今言ってること、関係ないじゃん」
 「勘弁してくれよ。なんで今更そんな事言い出すんだって」
 ペットボトルに直接口をつけてポカリスエットを飲み干した。
 真剣に考えた事なんてないっつーか、わざとその事には思考を停止させていたのに。つき合うのとつき合わないのと、何か今後の違いはあるんだろうかと、今俺は真剣に考える事にした。
 セックスがあるのと、ないのとの差かな。
 「おい、セックスがあるのとないのとの違いなのか?つき合うのとそーじゃねーのとって」
 「違うよ、そんなんじゃない」
 幾分低めの声で葵が答えを返してきた。そうじゃないと言うならば、それはきっと精神的な事も含まれるということだろうなと、さすがの俺も気がつく。
 だけれど、それは…。
 まだ俺は超えられないって言うか。葵は好きなんだけれど、最近じゃセックスも頻繁にしているけれど、それは愛とか恋とか、恋愛っていうか。
 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
 「もう、いいや~」
 にへらと笑う葵の笑顔が泣いているみたいに見えた。ひょっとして俺はなんかまずいことでも言ったんじゃないかと少し焦る。
 「葵?」
 トンとキッチンの端に俺はペットボトルを置いた。
 葵は返事をしなかった。そしてするりとベットから細い足をおろすと下着を着け始めた。それから下に乱雑に脱ぎ散らかした中からシャツを拾い上げ手を通す。別によくある風景なんだけれど、俺はやっぱり焦っていた。
 「葵」
 「なにぃ」
 いつもの葵だが、いつもと少し違う。
 「俺にどうしてもらいたいんだよ。つき合うって、今までとどう違うのかゆってくんない?」
 葵は困った顔をしていた。こいつの困った顔なんて見るのはもしかして初めてかもしれなかった。葵がどういう過去を持っているかは、少しなら知っているし、他のやつらより、少しは葵の事を知っているはずの俺だけれど。
 「今日は、クリスマスだって、知ってる?」
 葵は窓の外の薄明かりをぼんやり見ながらそう言う。そんな話をしていたはずじゃないのは十分分かっているんだろうけれど。
 「俺さぁ。クリスマスって嫌いだったの。でも今日はイッチが側にいてくれるじゃん」
 やっぱ、訳わかんねぇ。
 「ケーキ、買ってやろうか」
 別にご機嫌取りで言った訳じゃない。それでも、にっこりと笑う葵がなんか妙に可愛いと思えた。
 「俺、ケーキってあんま好きじゃない」
 「嫌いなんかよ!」
 「でも、二人で食うのはいいかもね」
 「どっちなんだよ…」
 別にケーキっていっても、ローソンでなんか甘いもんでも買う程度の話なんだが、今日はクリスマス。男二人でケーキを食ったって罰は当たらないだろう。
 表はいつの間にか小雨がちらつき、灰色の空がまるで脱脂綿を湿らせたかのように、重くたれ込めていた。パーカーの帽子をすっぽりと頭にかぶりぐるぐる巻きにしたマフラー姿の葵はもう鼻の頭を赤く染めている。
 俺も着慣れた革ジャンの襟をたてて小走りに外へと出た。
 
 階段の下で、ぱらぱらと落ちてくる小さな雨粒を顔に受けながら、葵は空を仰いでいた。葵の奇行は今に始まった事じゃないから、もうあえて「なにしてんの」なんて俺は声をかけない。
 「さみっ」
 声のする方に振り向き、俺を見つけると葵はまた何を考えていたのかわまんねー笑顔を浮かべる。さっきの続きじゃないけれど、俺はこいつとどういう関係なんかな。俺はまだその答えを出したくなかった。
 
 
 
 ちらちらと、もうすぐ雪に変わるよ、イッチ…。
 ほら、そらが、あんなにも灰色だ。
 
 ねぇ、イッチ。
 知ってる?
 つき合うとかそういうのってさ、好きな感情がこんなふうにあふれて来ることだと、俺は思うぜ。
 
 
 
 2002.12.25
 
 
 

 まるで、ドラッグでもやった後のような感覚がする。
 自分が自分じゃないような。
 目が覚めたら、葵に言ってやろう。
 って、何を。
 わかんねーけれど。
 そんな事を考えながら、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。次に起こされたのは葵の苦しそうな声でだった。まだ、外は暗く、何も映していないテレビの画面は砂嵐だった。横を向くと、狭いベットに二人、葵が俺に寄り添うように寝ていた。
 「や……だ」
 途切れ途切れの苦しそうな声。
 起こした方がいいのだろうかと、戸惑う。
 「う……ん……」
 苦しそうな葵の声が、寒い部屋に微かに響いた。何か夢を見ているのだろう、固く瞑ったままの葵の瞼は閉じられていた。いつもこんなに苦しそうにこいつは寝ているのだろうか。

 何度も角度を変えながらの口づけの最中にも葵は指先で俺の息子を攻めてくる。やんわりと揉みほぐし、形どり、きつく撫で上げる。
 「うっ」
 情けない事に、反応してしまい、声を出してしまったのは俺だった。
 触られれば、反応してしまう、悲しい性。好きだとかそんな感情があるワケではなかった。かといって葵が嫌いなワケでもなかった。
 これも、慣れなんだろうか。
 そんな事も、行為が進んでいくともうどうでも良くなってくる。
 指先で扱かれて、熱い息が上がっていくのを止める事が出来ない。葵の柔らかな舌が俺の口内を舐め挙げていく、それに応える俺。

 葵の上に跨り、買ってきた肉まんを口の中に押し込んでやった。
 「うわっ!あに?おもっ……!あふい。あが……」
 「起きろ、何寝てんだよ」
 「だって、クスリが効いてんだもん。ねむっ……」
 目尻に涙溜める程のデカイあくびをかまして葵はむっくりと起きあがった。
 コンビニの袋からもう一つの肉まんを取りだし、俺はかぶりついた。美味い。
 「葵、この前も言ってたけど、その情緒不安定なクスリって、何よ」
 「情緒不安定なクスリ、じゃなくて情緒不安定を抑えるクスリね」
 「同じじゃねーかよ」
 肉まんを三口で全部口の中に納めた俺は、葵の言う「クスリ」ってのが気になった。こいつは案外ヤバイ奴なのかもしれない、なんて思って。

 はっきり言って俺は苦学生だ。
 オヤジは大阪に単身赴任でのんびり優雅に過ごしている筈だし、ババアは姉貴にくっついてロンドンに在住。姉貴の大学生活同様きっと楽しくやっているに違いない。それぞれみんな、俺ほど金に困っているワケないと思うね。なんで息子の俺だけこんな虐待とも言える立場にいなくちゃなんねぇのか。これがムカつかずにいられるかって。
 親からの仕送りがあるって言ったって、月10万じゃ家賃と光熱費で無くなってしまう。だいたい10万で暮らしていける訳ね~っつ~のよ。
 昨日、大阪にいるオヤジに電話した。
 「金、くれよ~。オヤジ金持ってんだろ?」
 言い方が不味かったのか、隣に女でもいたのかクソオヤジは、「10万で足りなきゃ、取りに来い」なんてぬかしやがった。
 大阪まで行けるかよ。そんな金すら無いってゆーの。
 で、しょーがねーから、俺はバイトをしている訳で。