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それでも月の夜には愛が降る 2

2007年7月26日 日向夏姫 | | コメント(0)


 「どうした?」
 局のエレベーター横の自販機の前でサンプルのジュース類を睨み付けるように立っている準の後ろから、同じドラマに出演している準の友人役の久保田健が声を掛けて来た。
 振り向いた準の表情が穏やかでないのを見取り、内心「やばっ。」と思う。そしてそう思った感情はすぐさま顔に出ていた。
 何も言わずに、眼を飛ばしている準に言葉が詰まる。そのまま通り過ぎたい衝動に駆られる。オドオドしている健に明らかに機嫌の悪そうな声色で準が言葉を投げつけた。
 「......ん、だよ。なんか言え。テメエから話し掛けて来たんだろうが?」
 「ん、だよって、自販機の前でじっと立ってるから、どうした?って聞いただけだろ?機嫌悪ぃのはオレのせいじゃねぇだろ?」

 そう言って、一言多かったのに気づくが既に遅かった。下から掬い上げるように睨み付ける準は、一瞬健に向かって掴みかかろうとする様に一歩前へ出た。「殴られる!」そう思った健は目を瞑ったが、次の瞬間、自分の体と違う方向からガンッ、という鈍い音が聞こえてきた。
 準は目の前の自販機を思い切り蹴飛ばしていた。もの凄い音に驚いた近くにいたスタッフ達が、一斉にこちらを振り向き、準を見た。


 「なんでもありません。この自販機、調子悪いみたいですよー。」
 振り向いたスタッフや、AD達に愛想良く声を掛けたかと思うと、健には振り向きもせず準は自販機を後にして歩き始めていた。
 この、変わり身の早さに驚く。僅かにへこみを作った自販機を、健は呆然と見つめていた。
 「やつあたり~。」
 すぐ隣の部屋から、やはり同じドラマの出演者である、安藤真喜子が顔を出して来た。
 「見てたのかよ。趣味悪い~。」
 殴られる、と思って身を竦めた自分も見られていたのかと思い、ちょっと跋が悪かった。
 オレだって一応アイドルなんだぜ。同じ出演者の若手の女優には、格好悪いところ見せたくなかった。
 「見てはなかったよ。声は聞こえていたけどね。健ちゃん、可哀想~。準のアレ、完璧八つ当たりだよ。」
 「また、喧嘩でもしたんじゃないの~、リョウとさ。」
 部屋の奥からまた別の声がして、健は体を斜めにずらし部屋の中をのぞき込んだ。
 「よく、持つよね~、あの二人。」
 「仲が良いのか、悪いのか。」
 同じく出演者の、現役高校生の中村舞子だった。二人は意味深な笑みを浮かべて、見つめ合っては含み笑いをしていた。だいたい言いたいことは、分かる。
 準とリョウは、ある意味『特別』な存在だった。高校の同級生だった二人は、コンテストで優勝したのをきっかけに、デビューした訳だが、あれよあれよとアッという間に、アイドルの頂点にたった。俺達が何年も掛かって手にする地位を、一夜にして手に入れたシンデレラボーイという訳だ。
でも、所詮彼らは元々芸能界だった訳でないから、どこに行っても二人きりだった。その様子が又、ファンを魅了するものとなっていったんだから、計算では出来ない二人のあの感じは、言葉で言い現せないまさに『特別』。近くにいる俺らだって、やたらと二人でいる彼奴らには踏み込むことが出来ない雰囲気を持っている。
 そして、その雰囲気はある意味俺らのカッコウの噂の種だった。
 「でも~、えっちは凄い、いいんだよ~。」
 えびせんを口に運びながら、現役高校生の中村舞子は、口走った。思わず仰け反る真喜子と、ドアの壁にへばり付く久保田健だ。
 「な、何?あんたヤッタの?」
 安藤真喜子は、健にドアを閉めろと手で合図を送りながら、舞子に詰め寄っていた。
 「準の女好きは知っているけど、まさか、あんたにまで......、いったい何時のまにそう言うことになったの?」
 「違う、違う、真喜子ちゃん。リョウとだよ~。」
 間延びした口調で、相変わらずのんびりと受け答えをしている舞子に、真喜子は大声を上げた。
 「ちょっと、待って。リョウと?そりゃ、大事だわ。ねえ、もう出ていってくれない?健ちゃん。」
 安藤真喜子は、健を部屋の外に出すべく近寄ってきた。黒髪のショートカットからでも安易に想像出来る真喜子のスッパリとした性格からしても、この事はヤバイ話しと受け取り健に外してくれと言う。
 「この事は、内緒にしておいて。この子にもきつく口止めするから。」
 「ん、いいけど。バレたからだと思う?」ドアの入り口で声を潜めて会話する。
 「バレていたら、あれ位で済まないでしょ。準の場合。私は準とはつき合い長いから分かるけど。」
 安藤真喜子は、ドラマで準と一緒になるのはこれで三度目だった。デビューして最初のドラマの仕事がお互いとって初めての仕事で、真喜子と準は友人というより、むしろ兄弟に近い関係を保っていた。
 「リョウちゃん、どうしちゃったんだろ。」
 部屋を出ていこうとする健の耳に、低く呟いた様な真喜子の声が聞こえたような気がした。





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