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それでも月の夜には愛が降る 3
2007年8月 2日 日向夏姫 | 個別ページ | コメント(1)
スタジオの端のテーブルの上には、誰かしらからの差し入れや、飲み物の類が乱雑に山積みされていた準は紙コップに冷たく冷えているコーラを二つ手に取り、一つを口にくわえ、もう一つを左手に持ち替えて、スタジオを出ていこうとしていた。
「おい、準。あと十五分でシーン20始めるから、リョウに伝えて。」
「んあ?だって、次オレの走るシーンの撮りだって言ってませんでした?」
口にくわえた紙コップを落とさぬように右手の人差し指で押さえながら、ディレクターを振り向いて言った。
「変更。準の出番はその後。リョウを呼んできて。部屋にいるんだろ?」
「は~い。」
ドラマの撮りが遅れているのは、オレ達のせいだ。オレ達のスケジュールが土壇場になっていつも変更されるから、オレ達が出るシーンだけ、いつも撮って出しになっている。
オレ達に用意されている部屋のドアノブに手をかけた時、中から話し声が聞こえて来た。正確には、電話、多分自分の携帯で話しているリョウの声が、途切れ途切れに聞こえてきていた。
ドアを開け、自分に背を向けているリョウの背中をじっと見つめていた。
「......いいよ。うん、大丈夫だって、言ってるじゃん。......、あ、また後で連絡するから。じゃ......。」
視線に気づいたリョウが振り向き、準の自分を見ていた目とぶつかる。鋭く見つめる準の瞳に瞼を伏せた。
「誰?」
紙コップを口にくわえたまま、ドアに背をつけ、リョウから視線を外す事なく準が口を開いた。
「誰って、友達だよ。」
「どの、友達。」
「なんで、準にいちいち言わなくちゃなんない?オレの友達だろ?お前に関係ない。」
静まりかえる部屋の中。どちらも何も言わない。
準の飲み干した空になった紙コップがぐしゃっと音をたてた。その音にリョウがやっと準を視界の 中に入れる。
「シーン20、お前の番からだって、ディレクターが呼んでいたぞ。」
もう一つのコップに入っているコーラは氷が溶けて表面が水の膜に張られている。それを準は見つめながら言った。
「ん、わかった。」
握りしめていた携帯の電源を切り、自分の黒いポーターバックに仕舞うと、準の脇を通り抜け重苦しい雰囲気が充満しきっている部屋を出ていこうとしていた。
「お前、オレに何か隠しているだろ。」
すり抜ける一瞬に、準がリョウの腕を掴む。左腕を捻り上げられて思わずリョウは顔をしかめた。
「なんの事だよ。離せ!」
離せと言われた腕をなおのこと力を込め、準が顔を近づけてくる。噛みつくような口づけ。ドアに押しつけられ、身動きがとれないリョウに覆い被さる様に抱きしめる準。
「やめろよ!」外に聞こえないよう声を潜め、押し殺した声で準を突き放そうとする。
「じゃあ、どういう理由があって、オレを避けたりしてんだよ。」
「......、なにも。」
頑ななまでに何も言おうとしないリョウは、そのまま何も言わずにドアを開け、出ていった。
「あいつ......。」
足下に準の手から滑り堕ちて地面に広がったコップから流れ出た液体が、広範囲に広がりを見せ、床に滲んで行くのをじっと見つめていた。
ふさふさと首筋に流れる準の茶色い髪の毛が俯いた顔を覆い隠し小刻みに揺れるのをすぐ隣の鏡が映しだしていた。
前もあった。リョウがオレを避けていた時期が。思い出したくもない、あの頃のリョウの顔。
友達から、それ以上になる切っ掛けを作ったあの時のリョウを思い出さずにはいられない。
話しかけてもロクに応えもしなかった、リョウ。
高校の三年間の間だって、喧嘩なんてしょっちゅうだった。でもアイツはオレが話しかけるといつだって応えた。どんなにオレが機嫌が悪くたって、リョウがオレを避けた事なんてなかった。
避けられて、気が付いた。
友達だと思っていたこの感情が、理解できない感情の裏に隠されていたって事に。
リョウは、オレの物。オレだけの物なのに、なんでオレを避けるんだ。子供っぽい感情だったかもしれない。でも、真実を言えば、「独占したい」。
友情と愛情の狭間の、理解できない自分でも持てあます感情の渦。
「なんでなんだよ!」
訳も分からず、問いつめた。リョウの着ているシャツの襟を掴み、感情と裏腹に怒鳴りとばした。まだ十八だったオレ。デビューしたてのオレ。初めて、いつも近くにいるリョウを......、好きだと認識した......オレ。
どうしたらいいのかなんて、分からずにリョウ当たり散らして、リョウの着ていたシャツを引き剥がした。そして、目に飛び込んで来たのは。
息を飲んだ。呼吸が出来なくて、喉から漏れる引きつった音しか出なかった。
癒着した、煙草の灰。紫色に変色した体中に付いているキスマーク。
「見るなっ。」
「なんだよ、コレ。どうしたんだよ。」
だらしなく垂れ下がったオレの手から剥ぎ取る様にして自分のシャツを奪い、オレに背を向けたリョウ。その背にすら、いくつものキスの後が刻印のように残されていた。
「準には関係ない。」
か細い消え入りそうな声でそう言ったリョウの声は、今でもはっきり覚えている。
「なんだよ、コレ!なんでオレに何も言わないんだよ!」
リョウの肩を掴み、白い皮膚に自分の爪が食い込んでいくのも止められなかった。
「言って、どうなる。言えるはずないだろ......。」
振り向いたリョウの目は、今にも泣きそうに赤くなっていた。それでもリョウは泣かなかった。
「なんで。どうして......。」
言葉にならなかった。誰が、オレのリョウをこんな目に遭わせた。こんなにも陵辱され、辱められ、刻印され。だから、オレを避けていたのか?
「オレのせい?」
嗚咽がもれていたのは、オレの喉からだった。
「お前のせいじゃない。しかたなかった。」
「誰が?お前をこんな目に遭わせた?」
オレが、守ってやれなかった。自分のものだと思っていたのは、口先だけで、実際は何も知らなかった。オレのリョウにこんなこと......。
上半身裸のまま痛々しい傷を健気にも隠そうとするリョウが切なかった。口でなんと言おうと、心で自分の物だと思っていても、現実にリョウを守ってやれなかった自分を憎く思った。
リョウが握りしめている紺色のシャツをそっと肩にかけてやった。
「ゴメン、準。」ぼそっとリョウが言った。なんで、オレにそんなことを言う。
「準には、知られたくなかった。オレ、好きでこんなことした訳じゃないよ。......、しょうがなかったんだ。」
「知らなかった。でもそういうの、分からなかった訳じゃない。まさかお前に......、お前が誘われる事になるなんて。」
ああ、オレだってそういう話がなかった訳じゃない。オレは、出来なかった。どんなに仕事絡みでも厭なものは、厭だった。まさか......。情けなくなる。
「オレのこと、軽蔑したか......?」
そう言ったリョウの言葉が、視線が、悲しかった。
「ゴメン、リョウ。お前が、そうなるって、オレの代わりにそうなるって、考えれば分かるはずだった。軽蔑なんて、言うな。......、ただ......。」
「ただ......?なに。」
覗き込むリョウの瞳に飲み込まれそうだった。
「ただ、オレは......、嫉妬している。お前はオレのもの。オレ以外の人間には指一本触れさせたくない。」
「どういう意味さ。」
「だから......、ずっと好きだったって、気が付いたんだ。好きって気持ち悪いか?お前を独占したい。」
「何言ってんだよ。長い付き合いじゃんか。」
「どういう意味だよ。」
今度は、オレが言う。なにも言わないリョウ。
そしてオレは、リョウの右肩に残る誰かの刻印の上にキスをした。女の肌と同じ感じがした。柔らかくて、甘い香り。いつもリョウが使っているコロンの香りが、オレの欲情の波に火をつけた。
つけられたのと同じ場所にオレの印を刻み込んでいった。
それが初めて、リョウを抱いた夜だった。
リョウが、初めてオレを避けたから、オレは気づいた。オレのリョウに対するこの感情。
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コメント(1)
BlogPetの葵ちゃん :
きょう葵ちゃんは噂するはずだった。
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