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それでも月の夜には愛が降る 8
2007年9月20日 日向夏姫 | 個別ページ | コメント(0)
駆け上がる階段の音が壁に反響している。自分の足がもどかしく感じる。
いったい、何の為にこんな事を繰り返しているんだ。
リョウは、女を抱いて、自分を苦しめて、何の為に?オレがいるじゃないか。いつだってオレがリョウの側にいるじゃんか。それなのに、何の為なんだよ。オレに隠してまで、女とつき合う理由がドコにあるんだよ。
夜中過ぎまで続く撮影の合間に抜け出したスタジオに戻った。ただ早くリョウに会いたくて。会ってなんて切り出せばいいんだろう?そんな事が一瞬頭を過ぎって行った。
ガランとしたスタジオに勢いよく飛び込み、唖然とした。辺りを見渡しても、もう撮影をしている様子は何処にも見あたらない。片づけに入っているスタッフに走り寄る。
「も、もう終わったんですか?」
息が切れていた。
「準、何処に行ってたんだ?随分探したんだぞ。リョウが倒れてさ......、」
指先から力が抜けていくのが分かった。自分すらその場に倒れてしまうのではないかという錯覚に陥る。リョウが?なんだって?もう一度言ってくれ!言葉にならず、目の前のスタッフの胸ぐらを掴んでいた。
「落ち着けよ、話ができないだろ。」
首を締め付けられる苦しさから解放されたくて、スタッフは準の指をもぎ取った。
「リョウが、倒れたって、な......、なんで......。」
「みんな、マネージャーの佐上さんも随分準を探したんだぞ。三0分位前に本番中にリョウがオレ達の目の前で倒れて、佐上さんが車で近くの病院に連れて行ったよ。」
蒼白に近くなっていく準の顔色に、戸惑いを見せるスタッフ。未だかつてこんなにも狼狽えている準を見たことが無かった。
声色は、慰めるようなものへと変わっていったが、僅かながら、興味心も見え隠れし、一言一言を区切って喋っていった。まるで準の表情を確認するかのようにも見えた。
「病院って、何処?」
幾分、正気を取り戻しつつ、クッとスタッフの下世話な表情を下から掬い上げるかのように睨み付け、いつもと変わらない声を努めて出した。その表情は、ゾクリと背筋に電気が流れるかのような、まるで夜叉の表情に似ていた。
「さあ、病院に着いたら準に連絡するから、って言っていてから携帯にメッセージが入ってるんじゃないのか?......、おい!準!」
しどろもどろになっていくスタッフの言葉が終わるのを待たずに、準はスタジオを出ていってしまった。その場に残されたスタッフは、初めてみる準の態度、表情に知らずとうっすら額に汗をしていた。
自分たちに用意された部屋のドアを力任せに開け放つと、そこにはリョウの荷物だけ綺麗に無くなっていた。そして、メイク様に用意されている大きな鏡の反対側、4畳半程の畳の上には、散らかった儘で飛び出している自分の荷物が三0分前と変わらず、そこにあった。バックを掴むと携帯を探しだし画面を見ようと二つ折りになっているシルバーの携帯を開いた。そこには、着信とメッセージのマークが表示されていた。
死ぬ訳じゃない。
リョウが、死んだって訳じゃない!
落ち着け、オレの心臓。
ガタガタと震えているのは自分の身体なんだろうか。それとも、携帯を握っている、この指だけなのだろうか?上手く、メッセージを聞くことが出来に、苛々が増していく。
やはり苛立っているマネージャーの声が告げる病院へと、自分の車を走らせた。
幾つかの信号を無視して、どうやってそこにたどり着いたのか記憶すら無い。
夜間入り口の前で、彼らのマネージャーの佐上が立っていた。文句言いたげな口を開かせる暇も与えずに準が問いつめる。
「リュウは?どんな様子なんだよ!」
「呆れて物も言えないな。お前のその態度には。リョウは、大丈夫だよ。」
「大丈夫って、どういう意味だよ!倒れたんだろ?」
準より頭一つ大きいマネージャーは、掴みかかってくる準の腕を軽く交わし、軽く撫でるような平手を準の頬に当てる。
「倒れたのは、睡眠不足と軽い過労からだって医者に言われた。取り乱すな、準。お前が一番に気づいても良さそうなもんだぞ。いつも誰よりも一緒に居る時間が長いのはお前だろ?違うか?」
図星だ。だけど!リョウは何も言わない。言わなくても気付いてやるのがオレの役目だって?ああ、そうだよ。
悔しさと屈辱で、顔に血が上っていく。
睨み付ける相手が違う事は百も承知だ。
無言で、睨み付けてくる準をまるで蒼い炎のようだとマネージャーの佐上は感じていた。
始めて会った時から、準は蒼いオーラを纏っていた。こいつなら売れると直感したから、オレの全てでこいつらをスターダムに乗せて行った。
今、ここにいる若干二十歳の男は、その頃よりも一層色濃い蒼い炎を、放っている。もう一人の自分の片割れを想って。
今、佐上は心配とともに、不安に駆られていた。
----、オレは、間違っていたのか?コイツハ、リョウガイナクテハ、イキテ、イケナイノデハ?
頭を左右に振り、馬鹿馬鹿しい考えを振り払おうとした。
何を、馬鹿げたことを。
「今、点滴を打っているから。」
まるで、喉にセロファンでも張り付いたかの様な乾きを覚えつつ、声を絞り出した。何故、今更こんなガキに恐怖にも似た感情を抱く必要があるのだろう。
「どの、部屋?」
真っ直ぐに見つめ返してくる、正直な瞳。
「407号室だ。起こすなよ。」
ちらりと振り向き、何も言わずに準はエレベーターへと走っていった。
不安と、罪悪感ににも似た感情が浮き上がって来るのを、止められなかった。何故、今更こんな感情が芽生えるのだろう。
そんな事が、あるはずがない。
沸き上がる、不安を無理矢理押し殺して、佐上は側にある病院の長椅子に腰掛け、スーツの上着から煙草を取りだし、銀色に光るライターで火を灯した。
407号室のドアの横に、マジックで殴り書きされた様な文字で「佐伯 綾」と書かれていた。佐伯綾という字を見たのは随分と久しぶりの様な気がした。
始めて見たのは、高校1年の入学式だった。出席番号がオレの一個前で、「鈴木準」の前に「佐伯綾」の文字を見つけたんだった。
始めて会った頃のリョウの顔を思い出しながら、静かにドアを開けた。
光の様だと思った。色素の薄い髪を短く切りそろえて、女と見間違えるかのような白い肌を見たとき、思わず口からでたんだっけ。
「お前、男?」
睨み付けるリョウの表情さえ、はっきり思い出せる。何も言わず、睨み返すその瞳を。
あのときから、好きだったんだ。
目が離せず、いつも気になって、側にいた。ただ、愛だと気づかずに......。
オレたち、あそこから始めようよ。
白いシーツに包まれて、青白い表情は陶器の様なリョウを上から見つめていると、リョウの頬にポタポタと透明な滴が落ちていった。
それが、自分が流している涙だと気が付いても、止める事が出来なかった。
やり直そう、リョウ。
お前と初めから......。
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