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タイムアウト 5
そして、目眩から解き放たれた瞬間、オレと瑞樹は見慣れた台所に崩れ落ちていた。
カチコチと時計の音が響き渡っていた。
7時、少し前。
時間は止まっていたかのように、台所のガス台に載せていた鍋の湯は、まだ沸いてはいなかった。
戻ってきた。
隣で肩で息をする瑞樹を感じて、振り向いた。「大丈夫やったか……?」確かに、現実だったと瑞樹の泥に汚れたスエットが言っていた。なあ……。声をかけ、肩に手を掛けた瞬間、乱暴にオレの右手は振り払われた。
「触んなっ!」
オレを振り返ろうともせず、軋む廊下を走って行ってしまった。
その場に一人取り残されたオレ。
「包丁……、忘れて来てもうた……」
間の抜けたオレの声が、震えていた。
次の日の朝、目覚めは決して良いとは言えなかった。
あれから瑞樹は、夕飯が出来たと声を掛けても部屋から出ては来なかった。お陰で、オレはじじいに問い詰められた。
「ケンカしたのか?……、そんな雰囲気でもなさそうだな」
あのじじい、台所に隠しカメラでもつけているんじゃねーの?と疑いたくなるような事、平気で抜かしやがる。
減らず口の一つでも利いてやりたかったけど、実際の所、俺自身もそんな元気もなかった。
身体が、鉛の様に重かった。
「力」を使ったからなのか?
アレは、オレが見せた、瑞樹の過去なんだろうか。それとも、瑞樹がオレに見せた現実なんだろうか。
まだ、じじいにすら話せないでいた。ドコに行ったか、何を見たか、言えないでいた。まだ、自分の中で、確信出来ないでいた。
現実だったんだろうか。
むせ返る様な暑い湿った空気は、締め付けられる圧迫感は、なんだったんだろう。
お陰で、寝不足の朝を迎えることになったのだ。
瑞樹の両親の話も、気になっていた。親に捨てられたなんて言う感情を持っていたんか。だから一人で親元を離れてこんな都会でもない町にいると……?納得が行くようで、いかない。ほんまにそうなんか?瑞樹。
のろのろと、霜降りのTシャツを脱ぎ、白いアンダーシャツに腕を通す。
壁に掛かっている制服の、白いYシャツを見つめ、また昨日見た瑞樹の夏服を思い出した。
抱きしめられ、もがく瑞樹を……。
「オレの気持ち、知っていただろ」と口にしていた教生。
怒鳴る瑞樹の、悲痛な叫び。あれが事実だとしたら、イヤ、オレの隣にいた瑞樹の、あの表情を見れば、分かる。
確かに現実だった。
そして、あの場面を誰かに見られたのか?瑞樹の噂の真相って、そんな湾曲されたものだったのか。
……、まあ、噂なんて言うのは、大抵そんなもんだ。
走り出した瑞樹を止められ無かった。何度も思い出す。
オレの肩を爪が白くなるほど掴んでいた時の、瑞樹の、表情を。
ズキン……、と胸が痛くなるような目をしていた。
グルグルと回る頭では、まともな思考回路で考えることは、到底出来そうもなかった。
「おあよう……」
寝ぼけ声で、じじいに挨拶した。じじいは、じじいだけあって、朝になる前から、起きている。
「遅い。瑞樹はもう行ったぞ」
オレを見ずに、じじいは言う。
オレが狼狽えるのを知っているかのように。
勿論、オレは持っていた鞄を落としそうになった。あの瑞樹が、まだ始業までに一時間以上もあるっていうのに、もうガッコに行ったって言うのだ。
普通じゃないってこと、じじいは気がついているに違いない。いや、そんな事は、どうでもいいんだ。
アイツ、なにを考えているんだ。
なにをしようと、しているんだ。
瑞樹の行動が、気にかかる。アイツ……。なにをしでかすか、分かったもんじゃねえ。
「なんで、いつもオレが……・!」
悪態つきながら、今日もオレは瑞樹の後を追う。
物も言わず、慌てて靴を履き顔すら洗わずに出ていく航太を、広い庭からこの寺の住職は眺めていた。
「捕まえて来い。瑞樹を、ちゃんと、な」
呟きは、もうすぐ夏を迎えようとしている初夏の空気に紛れて、溶けて行った。
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