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タイムアウト 1

2008年6月20日 日向夏姫 | | コメント(0)


「行ってきます」
リーガルの革靴を急いで履くオレ、佐伯航太である。
「あーーっ!待てよ!オレ今起きたばっかじゃん」
寝ぼけた顔をして、まだパジャマ姿でいるこの男は、オレの疫病神、鷹東瑞樹だ。
「あほ!なんでオマエを待たなあかんねん!」
イライラとしながら靴を履き終え、鞄を持ち、幾分伸びすぎとも言える髪の毛を掻き上げながら思いっきり睨んだ表情で言い放ってやった。
なんの因果でオレはこんなお荷物背負い込んでしまったんやろ。
薄い髪色した、甘いマスクの男。
ほんとーに、仮面(マスク)被ってんじやねぇの?その顔と180度違う内面を持つ瑞樹に引っかき回されているよ!オレは!
今日も、あいつが起きる前に学校に行く予定だったのに、じじい!あんなヤツ起こさなくてええのに。

 

 「待てよ。一緒にガッコ行こうぜ」
 オレの睨みを何も感じない様子だ。ほんまに……、パジャマ姿で何を抜かしとんねん。
 オレを見ろよ。今、行くトコやねんぞ。
 「なぁ~、ちょっと待っててよ」
 ぼさぼさの髪を両手で後ろに束ねて、まだ眠たそうな顔しているクセに、甘えた声でねだってくる。ネコか?オノレは?
 「……ったく、何、考えてんの?オレは今、ガッコ行く所だろ?オマエとは二度と一緒に登校なんか、したくねぇのっ!」
 怒鳴り飛ばしたオレのセリフに、瑞樹は驚くどころか、にやりと不適な笑みを返してきた。
 玄関先のいい加減汚らしい壁に背を寄りかけ、薄いグレーのストライプのパジャマをだらしなく着ているその様は、およそ美しい場面じゃないはずなのに。
 オレは、迂闊にもドキッとしてしまった。
 その後に、アイツが何を言い出すか、分かってしまったから。
 「気にしている?」
 物憂げな表情を半分髪の毛に隠し、斜に構えた角度でオレを見る。
 チクショウ!これが見事に計算された角度だって、何度も味わっているハズなのに、また罠にかかっちまった。
 「なんの話だよ!オレはもう行くからなっっ」
 古い寺だから、引き戸もきしんで思うように開かない。思い切り重い水分を吸った様な湿気た戸をこじ開け、オレは外に飛び出した。
 いつまでもアイツとつき合っている場合じやあらへんがな。

 瑞樹が我が家に居候し始めたのは、先週からだ。
 まだ、十日位しか一緒に暮らしていないのに、まるでアイツは生まれたときからオレと一緒に暮らしているかの様に振る舞っている。
 大体、あんなヤツ、助けなけりゃ良かった。
 オレの今までの平和な生活が、音をたてて崩れ落ちていく気がした。イヤ、気がしたんや無い。実際、その通りや。
 なにが「気にしている?」や。
 気にしてるもなにも!
 ガッコに行くのがこんなにも辛い気持ちになるのは、オマエのせいじゃ、このボケが。
 玄関先で思わず深くため息を漏らしてしまった。
 
 そう、あれはあの事件以来、3日ぶりに学校へ行った、朝のこと。
 オレは教室に入るなり、自分の目を疑った。
 『オレは、ホモで~~~~す!愛してる~!瑞樹~!(は~と)by 航太』
 きったならしい字で、デガテカと書かれたソレは!
 朝、校舎に近づくにつれ、クスクス笑いが注がれていたのは、気が付いておった。
 でも、それは隣にいる瑞樹のせいだと思っていたんだ。悔しいながら、瑞樹は目立つ。その内面はともかく、白い肌、整った容姿、ピンク色した唇。サラサラな薄茶色の髪の毛が風に吹かれるたび綺麗な額が見え隠れする。女なら憧れるんだろう。そう、内面はともかく、な。
 あいつは、あの日の朝、学校に行く途中でだって、何食わぬ顔してオレに話しかけてきやがった。
 「なぁ~、昼飯って何処で食う?」
 「はあ?ナニ抜かしとんねん。勝手に食えや。知らんよ」
 女子生徒は、通り過ぎる度に、わざとらしくオレ達を振り返っていく。そんな経験なんてオレにはなかったから、てっきり瑞樹のファンやろって、おお~!オレって迂闊!
 まさか、こんな展開になっていたとは!
 オレの自業自得っちゃ~、それまでだが!瑞樹はオレがいない間、ずっとこんな中でいたのに、オレにはなんも言わへんかったやん。
 クソ瑞樹!オレがガッコで笑いモノにされるその日を待ってたんや。
 だから、一生懸命、平静を保って席についた。
 「おい~、航太!オマエってホモだったのか?」
 隣の席のヤツが面白そうに肘でオレをつつきながら言う。
 コレって立派なイジメちゃうん?
 「センセーーー!オレ、イジメにあってまーす」
 心の中で、大声で叫んだよ。
 「何、言うてんの。オレが今までそんな素振り見せたことあったか?」
 勿論、平静を保ちつつ、言った。はずだ。
 今までのオレだったら「なんやと?も一辺抜かしてみぃぃぃ!」と胸ぐら掴んでいたはずやねん。
 いや、そんな事は二度としませんって、じじいと誓ったんやった。ふぅ~。
 「だって、オマエ、3年の鷹東の教室で言ったんだろ?『瑞樹はオレの恋人です』って」
 ニヤニヤが一層色濃くなっていくクラスメートを、マジ殺したくなった。
 「言ったんだろ?」
 俯いて答えないオレの周りには、遠巻きにだか確かにクラス中の奴らが集まっていた。
 こいつの問いかけにオレがなんて答えるか、興味津々ってのが、痛いほど伝わってきた。
 「あんなん、ジョークじゃん……」
 消え入りそうなオレの答えに、クラス中が爆笑とも悲鳴ともつかない声を発した。
 これだけでも、どんだけオレがいない間、この話題でみんな盛り上がっていたか知れるってもんやで。
 「ジョーク?マジ、言ってんの?」
 オレに鷹東瑞樹の教室を教えてくれた女が、嫉妬ともつかないキツーイ言い方をした。
 「あんた、鷹東先輩と恋人なんでしょ?いったいどんな手使ったの?超ムカツク!」
 いやね、超ムカツクって……、オレが言いたいよ。
 「やっぱな~、前からそうだと思っていたんだよ。あの噂は、ホントだったんだぁ」
 なん?「前からそうだと思っていた」やと?オレは昔から「ホモ」呼ばわりされておったんか?
 「ちょ~、待てや。おいコラっ!『あの噂』ってどの噂やねん」
 突然巻き舌になったオレに、一瞬怯むクラス中。おいおい、クラス中:1人(オレ)かよ。
 「やっぱな~って言うたやろ!今、おい、佐藤。言うたよな?」
 ここで、後戻りなんてでけへん。
 佐藤は、日頃オレとは滅多口聞かへんけど、オレはクラス相手にでも『普通の男子』ぶりっこしていたんやでぇぇ。どないすんの。こんなんなってもて~。内心ビクつくオレ、佐伯航太である。
 「航太の事じゃねぇよ。鷹東瑞樹の事だよ」
 くぐもる声色で、佐藤は言った。そして、オレは後悔の念を抱く。
 「瑞樹が、なんやて?」
 心とはウラハラに、一辺出したヤンキーは、簡単に引っ込みつかへんのや。
 ドスの利いた声で、問い詰めた。よしゃいいのに、二~三歩佐藤の前に出た。それだけの行為にまるでモーゼの十戒のごとく道が開けた。
 「だから、航太だって知ってたんじゃないの?」違う所から声がした。例の女だ。隣にいる友人らしい女から「やめなさいよ」と言わんばかりに腕を引かれていても、こんな状況のオレに立ち向かってきた。
 「知らない。何を言ったっつーんじゃ」
 「じゃあ、教えてあげる。私は信じていないけど、あんたがこうなるまで、信じていなかったけどね。鷹東先輩は前来ていた教生と出来ていたって噂があったの」
 「見た人がいるんだから!」また別の所からの声。
 「教生と出来ておったのが、何が珍しいんや」
 「だって、その教生は若い男だったのよ!」
 瞳に涙を浮かべて、上目使いに睨むその表情は、やっぱりオレのツボにはまる。こいつ、ホンマに瑞樹が好きなんや。軽い嫉妬心が現れた。
 シーンと静まり返った教室に、一限が始まるチャイムがタイミング良く鳴り響いた。

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