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タイムアウト 2

2008年7月 1日 日向夏姫 |

  昼休み。
 やっと、ホッと出来る場所を見つけた。
 あれからと言うものの、午前中一杯、クラス中の視線が痛かった。何も言わない視線。
 言われた方がまだマシやん。言わせないようにしたのは、オレだけど。
 「じっちゃん、オレ、イジメにあっています」
 ドサッと校庭の裏庭、オレのお気に入りの草むらに身体を投げ出した。
 瑞樹に会いに行く気にもなれへん。
 やって……、休み時間になる度クラスの廊下には同じ学年の女どもが鈴なりにキャー、キャー言いながらタムロしていやがる。オレが動く度に奇声を発する。
 オレ、どないやねん。
 今更ながら、瑞樹の知名度を知った。
 「あんな事、言わなけりゃ良かった。ああ……」
 あんな事っつーのは、勿論「オレ、瑞樹の恋人です」発言。なんで、あんな事。
 後悔先に立たず。あ?後に立たず?どっちでもええがな。
 今日、何度目かの深いため息が漏れた。
 

 それから、三日経った今でも、オレは瑞樹とロクに口をきかへん様にしていた。
別に、嫌いっちゅ~訳ちゃうけど。
「なぁ~、どうしてオレと口利かないのさ」
台所で夕飯作りながらあくせくしているオレの隣で、スポーツ新聞なんてオヤジくせぇもの読みながら流し場と反対側にあるテーブルに椅子を持ってきて、オレに訪ねる。
「オマエ、平気なの?」
わざと振り向かずに、瑞樹に言った。
「何が?」
アホか?ホンマのアホちゃうか?
「何が?って、オレがガッコ行くまで、散々言われていたんちゃうんか?」
思わず、包丁片手に振り向いてしまった。待ってましたとばかりの表情を浮かべる瑞樹に又、ハメられたと思わずにはいられない。
「ああ、オレとオマエの事?いいじゃん、言い訳するのも面倒だし。面白いぜ」
スポーツ新聞を縦に半分に折り、読んでいるのか、いないのか!
いつの間に自分の住んでいたマンションから引き上げてきたのか、瑞樹の私服の量は凄かった、にもかかわらずこの男、家に居るときはジャージで過ごしやがる。
フレームの無い眼鏡だって、オレの前でしかしないくせに!そのオヤジ面、全女子高校生に暴露してやりてぇと、心底思った。
「面白いってなぁ、オマエのせいでオレの学園生活は、危機に扮しているんやぞ!」
いっその事、「オマエ、どんな噂されているのか、知ってるのか?」「ホンマに男と出来ていたんか?」って聞いてやりたかったが、どんな言葉が返ってくるのか、または瑞樹が傷つくんじゃないかと、言えなくなった。
「もう、ええわ。オマエもたまにはメシ作るの手伝ったらどおやの」
言いたい事が言えずに、気分は不完全燃焼のまま、力尽きたった感じやで。
なんでこいつといると、自分のペースが乱れるんやろ。ったく、ムカつくわ。
「オレ、メシなんて作れないって何度も言ってるじゃん。航太の作ったメシ、美味いからオマエが作ってよ」
何も言い返す気力もないっす。
「あ……、オレね、航太の所に一緒に住んでいるって言っちゃったからな」
サラサラと流れる髪音をさせながら、長い腕をテーブルの真ん中に伸ばし、オレの切った漬け物を一枚つまんだ。そう、まるで「今日は晴れていたね」なんて言うのと同じ口調でそう言った。
包丁を握った侭、微動だにしないオレを見て、更に
「だって、もうバレバレじゃん」
と、言い放つこの疫病神をどうしてくれようか?
「何で、そうオレの生活を乱すんだよ!あ~?てめぇは一体オレの何?」
「だから、恋人でしょ。もうキスだってしたし」
「あ、のなぁ……。お前、一辺オレに殺されたい?」
なにがキスや。思い出しても腹の立つ!あんなん、キスのうちに入らへんわ。
オレの部屋で、いきなり瑞樹の唇がオレの唇に重なったアクシデントを思い出した。
シャレにもならんがな。
「なあ、オレ前から聞こう、思っとったんやけど、お前ここにいても、ええの?お前の両親とかなんて説明したん?」
ため息つきながら、オレはずっと気になっていた事を聞いてやった。
なし崩しに始まった同居生活だっただけに、改まって聞くことが出来ないでいたから。
「なんで、そんなこと……・」
急に黙りこくる瑞樹。オレ、なんか悪いこと聞いたか?ごく普通の疑問を口にしただけやん。
「なに?聞いたらあかんかったんか?」
「じいちゃんには、言ったよ」
「じじいに言ったっんなら、オレにだって言え」
「……」
なにか、言えない理由があるんだろうか。言葉を濁す瑞樹は、オレから目を逸らし下を向いたまま黙ってしまった。
「ええよ、そんな言いたくないなら、言わんくて」
重苦しい雰囲気が立ちこめる。オレは、着ていたオリーヴグリーンのTシャツの裾をまくり上げ、意味もなく腹をかいたりした。そして、又夕飯の支度の続きを始めようと、鍋に水を入れ、ガスに火をつけた。
「お前、『みにくいアヒルの子』って知ってる?」オレの背中に向かって瑞樹がポツリと呟いた。
「おお。なんや、アンデルセンかなんかの童話か?で、それがどうかしたんか?」
いつも急に瑞樹は話を振ってくる。だが、今話し始めた瑞樹の声色は低く、まるで迷っているようだった。
「オレ、『みにくいアヒルの子』だった。こっち、向けよ、航太」
オレは、ガスの火を弱めて、瑞樹へと向いた、瑞樹の望む通りに。そして、あいつのオレを見つめる戸惑いとも取れる瞳とぶつかった。
「なんや、改まっての話なんか」決心してまで話す内容なのだろうか。
不自然にオレから視線を逸らす瑞樹に、これから話す内容が楽しい物ではないのが想像された。『みにくいアヒルの子』と自分を指す言い方をするくらいに。
「おまえのさ、両親って、お前に似ていた?」手に持っていた新聞を小さく畳み、テーブルの上に置く。
「オレの小さい頃、死んでもうたから、よく覚えてへんわ」
「オレの親父は、岩石の様な男だよ。がっしりした肉体で、柔道家らしい面もちで。黒い髪、鋭い目、太い眉」
「ふう・・ん。想像出来るわ」初めて聞く瑞樹の父親像。柔道家と聞き、僅かに驚きが表情に出たかもしれない。
そっと、航太は顔を伏せた。言葉と裏腹に、がっしりとした体躯を持つ瑞樹の父親を、想像出来なかった。
「で、さ。母親もオレには全然似ていない。真っ黒な黒髪にオリーブ色の肌。弟も、親父にそっくりだった。もう一人いる妹も母親そっくりで。家族のなかで、オレだけまるで外国人の様に異質な存在だったよ」
堰を切ったかのように瑞樹は一気に話し始めた。
初めて聞く瑞樹の家族の話。『みにくいアヒルの子』と自分を指す瑞樹の感情が突き刺さる刃物の様に感じた。「おまえのさ、両親って、お前に似ていた?」 そうオレに聞いた瑞樹の意図が分かった気がする。自分を、家族の中で異質な存在だと言う、その表情は……、初めてオレに見せる表情だった。
でも、両親に似ていないからって、何故そんなにも自分を追い込まなければならないのか。テーブルの上に置かれた瑞樹の右手が微かに震えてるのをオレは見なかった振りをする。何も感じていないような振りをして、わざと暢気そうな喋りをするつもりだった。
「そんな事。だって正真正銘お前はその家の子供なんやろ?」
情けない程に掠れた声しか喉から発することが出来なかった。こんな時、なんて言ったらいいのかなんて、咄嗟に思いつくほど人生経験が豊富じゃない。
瑞樹は、オレの言った台詞に引きつった笑いを浮かべ、力無く頷くような、否定とも肯定とも曖昧な表情をオレに見せた。
「そうだと……、今だって、そうだと信じている」
まるで、そうじゃないって言っている様に聞こえる。
「家族だけじゃない。親族だって、近所の奴らだって、友達だって……、全員思っていたさ。"瑞樹は誰の子供"ってね」
「おい、待てよ!それじゃあ、まるでお前!」
「オレだって思った位だ。オレは本当に母親から生まれてきたんだろうか?ってね」
瑞樹の容姿は、人目を引かずには居られないほどと言っていいと思う。てっきりそのことに自惚れている奴だと思っていた。まさか、自分のその光る髪の色、白い肌、透明に透ける程の瞳が今まで瑞樹を苦しめていたとは、想像もしていなかった。
言葉が、出てきやしない。
「母親すら、オレを嫌っていた。……、そんな顔すんなよ、航太。聞いて貰いたいんだ」
どんな顔して、瑞樹を見ているんだろ、オレ。
「オレを見て貰いたっかた。声をかけて貰いたかった。他の兄弟の様に接して貰いたかった。『どうしてお前みたいな子供が私から産まれて来たの?』そんな風に言われたくなかったけど、母親が一番オレの存在を苦しんでいたんだって、分かった。だから……・」

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