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タイムアウト 4

2008年7月 4日 日向夏姫 |

 視界がぼやけていくのを必死で堪え、目の前にいるはずの瑞樹を確認しようと腕を伸ばした。
 そして、押しつぶされそうな圧力を感じ、しっかりと抱きしめた瑞樹の身体を確認した時、突然視界がはっきりとした。
 目前に広がるその、目に映ったものは。
 夏の校舎だった。オレ達は、オレと瑞樹は、熱い夏の太陽光線を体中に浴びながら学校の校舎が見える場所。校庭の中庭近くの場所に立っていた。
 「なに……?これ……」
 声にはならない声を喉の奥から絞り出した。

 自分の状況下に納得が行かず、心臓がドキドキと高鳴っていくのが自覚できた。
こんな事って、アリか?
ジワジワと責め寄ってくる夏の日差しは確かに本物だし、オレの額にはもはやうっすらと汗が滲み始めていた。
抱きしめた瑞樹の体温を鬱陶しく感じ始め、抱きしめた腕の力を弱めてしがみついてくる瑞樹を自分の身体から引き剥がそうとしたが、瑞樹はなをの事手に力を加え、オレにしがみついてくる。
この状況が信じられず、怯えている気持ちも分からないでもなかったが、
「おい、離せや。とにかく、離れろって……」
押しやろうと、しがみつく腕を解こうと、瑞樹に視線を戻した。
そして瑞樹のその表情に、ショックを受けた。見開かれた瞳。怯えている瞳。その瑞樹の視線の向こうに何があるというのか?また……・?
心臓が激しく鼓動打つ。血の気が失せそうだった。
振り向いてはいけない様な、瑞樹が見つめている視線を追うのが怖かった。
オレの肩越しに、見つめる瑞樹の視線。こんなに熱い光を浴びているというのに、震えている瑞樹。
そっと、振り向いた。
むあっと蒸せる夏独特の湿気た空気がまとわりついてくる。
木々の葉が擦れる音の中、瑞樹の視線を追った。
白い夏の制服を着た、男子生徒と薄いラヴェンダー色したシャツを着ている大学生くらいの男性。
声が聞こえる。
その声に、顔が引きつっていくのが分かる。この声!
白いシャツに肩まで伸びた薄い色素の絹の髪。
間違いなく、鷹東瑞樹だった。
今、オレにしがみついているこの男はじゃあ、一体誰だというんや?
「み……、瑞樹か?あそこにおるの、オマエちゃう?」
だらしなく力抜けていく両の腕。カサッと航太の手に握られていた包丁が音をたてて草むらに落ちていった。
「オレ、だ」
掠れた声でようやく答える瑞樹。
凍り付く様な時間。

「先生、もうすぐ大学戻るんだろ?いいなあ大学生。合コンとかあって、女とヤリ放題なんだろ?」
確かに瑞樹の声で喋る、夏服を着たもう一人の瑞樹。
喋るときに右手で髪を掻き上げる仕草すら、間違うことなく本人だと思う。
少し、今よりふっくらとした頬は、もしかしたら今、オレの隣で震えている瑞樹よりも若いのではないかと思えた。
今よりも、若い、瑞樹?
大学生と見えるヤツに、先生と呼ぶ瑞樹?
「アイツ、なんか?……・教生?」
「……・」
黙ったまま、声すら出ない瑞樹は、返事をする変わりにオレの肩をギュッと強く掴んだ。
あっけらかんと、言葉を続ける、今より少し子供っぽい顔をした瑞樹が突然オレ達の目の前で、教生に腕を捕まれ、強引に抱き寄せられた。
「瑞樹、好きだよ。オレの気持ち、知っていただろ?」
瑞樹には済まないと思うが、オレとしては、ゾクっと悪寒が走る場面だった。
だって、本物の男同士のコクりなんて、初めて見たんやで……。
何を思ったか、瑞樹は急にオレの肩を掴んでいた手を離したかと思うと、もう一人の瑞樹とその教生向かって走りだした。
「待て!瑞樹、行ったらあかんって!」
そう言って、止まる瑞樹ではないが、叫ばずにはいられない。
待て!行ってどないするんや。止めるのか?
行ったら、アカン!過去を修復したらアカンのやで。これが本当の現実なのだとしたら、オレと瑞樹はタイムスリップしたはずだ。過去を変えたらあかん。
現実がねじ曲がってしまう。
走り出す瑞樹を追った。
だがもう既に瑞樹は、もう一人の瑞樹にたどり着いていた。そして……、瑞樹は、瑞樹を通り越した。文字通り、すり抜けてしまった。
捕まえたと思っただろう瑞樹は、標的を見失い、力余ってその場で激しく横転した。こんな激しい場面がすぐ隣で起こっているというのに、過去の(今の俺ら から見れば)瑞樹と大学生の教生は、振り向きもしなければ、何も起こっていないかのように、その後の展開を繰り広げていた。
突き放そうとする瑞樹を無理矢理抱きしめ、瑞樹の首筋に顔を埋めていく男。
罵倒する瑞樹の声、声、声。
悲痛な叫び声だった。これは、間違っても喜んでいる声なんかじゃなかった。
立ちつくすオレは、真っ直ぐに瑞樹に向かって歩いていった。そう、過去の瑞樹と教生の真ん中をまるで透明人間のごとく……。
泥にまみれた瑞樹に、手を伸ばした。
泣きそうな顔をする瑞樹なんて、見たくなかった。これが、真実なのか?お前がオレに見せたかったものって、これだったのか?
お前が、おれ達を此処に連れて来たんか?ちゃうやろ?そんな目をしてオレを見んなや……。
オレの延ばした指先に、瑞樹が同じように手を伸ばしてきた。泣きそうな顔をしながら、真正面から挑む目でオレを見ている。その指先に触れた瞬間、またあの暑苦しい空気がオレらを取り巻いた。
圧迫される心臓。
吐き気すらする。

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