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タイムアウト 6
学校へと急ぎながら、思った。
瑞樹は、何処に向かったのだろう。学校に朝早くに行ったからって、なにが出きるんだ。
家を出たからといって、学校に行ったとは、限らない。じゃ、どこやねん!
「ホンマ、めっちゃ、むかつくわ……」
焦って、学校へ向かうオレはその足を止めた。息が切れている。思わず、その場にしゃがみ込んだ。
頭が、ズキズキと痛む。これはきっと、起きてから物も食わずに、走ったからに違いない。
なんで、アイツなんかの為に、オレがこんなに焦らなきゃなんねえの。
あほらし。
そう思い、もう瑞樹を追うのをやめようと心に決め、立ち上がる。
アイツが、どこで、何をしようと、知ったこちゃねぇし。
ゆっくりと、足を進める。
「こうやって、アイツを追ったりするから、アイツがつけ上がるんやで……」
空を見上げて、怪しい雲を見つける。もうすぐ、梅雨入りだってニュースで言っていたのを思い出した。
耳元に、囁くような掠れた声が、木霊する。
「お前は、オレを助けてくれた」
「お前は、オレのこと何も知らなかったのに、オレを命がけで助けてくれた」
オレは、そんな風に言われるほどのこと、しちゃいねぇよ。お前が誰であろうと、あの場合ああしただろう?たとえば、お前じゃなくたって……。お前じゃなくたって……。
抱きしめた腕の中、オレの左肩で瑞樹の呼吸を感じていた。ただ、胸が締め付けられる様になって、瑞樹の口を封じ込めたかった。抱きしめるしか、方法が見つからなかったんや。
瑞樹の感触を思い出し、カッと顔が熱くなった。
「変な気持ちで、そうしたんやあらへんがな」誰にと言うのではなく、言葉を吐き捨てた。
「オレに真っ正面から入っていたのは航太だけだ」と言った。
誰も瑞樹に関わらなかった?あんなに構内で目立つ存在なのに、誰も瑞樹の心まで入っていかなかったんか。目立つだけに、近寄りがたい部分もあったやろし。
学校までの道のり。坂の途中で息が上がってきた。
「なんや、今日は特にしんどいわ」薄曇りの中から、晴れ間が見え隠れしている。今日は晴れるんだろうか。額に汗が滲む。
瑞樹を思い出してみる。学校で瑞樹を見かけたことは無い。いつも一緒にいる友人なんているのだろうか。壁を作っているのは、瑞樹自身なのかもしれない、オレみたいに……。
そして、フラッシュバックする瑞樹の映像。迫ってくる硝子の瞳。
「知りたいだろ……、本当のところ」
「オレの噂とか、気にしているんだろ」
そう、言っていた瑞樹の顔を、思い出さずにはいられなかった。気にしていたのは、おまえ。
オレは、お前を問いつめる気ぃなんて、なかった。
オレを、オレの気持ちを気にしていたのは、お前の方。
……、だからぁ~~~……!ったく!なんやの~!
話さなくてええ、ちゅ~たのに、話したんはおまえやろ!
アレをオレに見せたかったのは、お前やろ?
違うだろ。あんな瑞樹の顔なんて、瑞樹へと延ばした指先がふれ合う瞬間のアイツの顔。あの、表情。泣きそうな顔なんて、見たくなっかた。
まるで、オレが泣かしたみたい……、だった。
また、胸が苦しくなる気がした。これは、お前を泣かした、罪悪感なんか?
一端緩めた歩調をまた早める。気になるんだから、しゃーない。
今回、だけや!
朝、8時前。
まだ、学校はガランとしていた。朝連の生徒だけが、この朝っぱらから、元気よく叫んでいる。
「で、何処やの……」ハアハアと息切れしているのは、日頃の運動不足。そんなの、百も承知だ。
教室にいるとは、思えない。
だとしたら……、思い当たるのは、あそこしかない。
昨日、俺たちが過去に戻った場所。瑞樹が、あの教生に、抱きつかれてた、あの場所。
校舎が後ろ手に見える、雑木林の草むら。初めて瑞樹と出会った、あの場所からも、そう離れていない、あそこ。
まだ夏前だというのに額の汗は、いつの間にか粒状になり顎先まで滴ってきていた。その半袖から出ている二の腕すら、汗ばんでいた。
コンクリではない、土の上。少しぬかるんでいるのは、朝のせいなのだろうか。さわさわと心地よい風が、一瞬だけ、吹いた。
木々をかき分け、昨日の場所を探し当てる。また、昨日の暑苦しい空気に襲わそうな不安が過ぎる。
不意に、目前に瑞樹の姿を、見つけた。
制服のズボンを泥だらけにし、白いシャツすら、土で汚れている。
……、何、しとうねん……、アイツ。
声をかけようとした。
足下の草でも踏んだのだろうか、カサリ、と湿気た音に瑞樹は文字道り体をビクンとはねらせた。
物も言わず、振り向いた瑞樹の表情は怯えでもなく、怒りでもなく、オレだと知っていたかの様な顔をしていた。
ゆっくりと立ち上がると、オレに向き直り、勝ち誇ったかの様な笑みを見せる。
「おせ~よ、航太」
「あほ抜かせ。何、やっとん、自分」
オレが此処に来ると、思っていたのか?確信していたのか?
少しぬかるんだ、湿気た土を掘ってでもいたのか、瑞樹の白い腕は肘から下、指先まで泥にまみれていた。そして、右手に握られている物を見つけ、ぎょっとした。
「ほら、これが証拠だ」
刃先は、すでにボロボロと欠けている、しかし、確かにその瑞樹の手に握られているものは、オレの大事にしていた、包丁だった。
昨日、俺たちと一緒に過去へと連れ去られ、置き去りにされた包丁だった。
もう何年も土の中に埋もれたままだったのを物語っている、そのボロボロになった、刃先。
「それ……、それを見つける為に……・」自分の喉がゴクッと鳴ったのを聞いた。
「オレは、夢だと思いたかった」
ポツリと呟く瑞樹。
オレだって、夢だと思いたいよ。
「これが、証拠だ、航太。俺たちが昨日見たもの、行った事、全部事実だ」
そうだ、事実なんだよ。多分瑞樹は頭で分かっていても、事実を信じられなかったんだろう。それに比べて、オレは……、さほど驚きもない。
そう言うこともあるだろう、そうやって認められる。昔からそうだった。
不思議は、オレの近くにいた。
「もうちょっと感動はねぇーの?」
不服そうな瑞樹の顔を上目使いで見上げ、口の端を上げるだけの引きつった笑いしか出来ないでいた。
「昨日の事は、事実だ。その包丁がそう言っている。けど……、お前はその包丁が無かったら、事実だと信じられなかったんか?」
「わかんえよ」
風が吹き、瑞樹の髪が空に舞う。薄い色した髪の毛1本1本が無造作に額へと、唇へと落ちていく様を見ていた。五月蠅そうに泥の付いた指先で前髪を掻き上げる。
「お前、そんなんしたら、顔真っ黒やで」
「うるさいわ!」
「ま、ええけど。なあ、家、帰ろう」
「……」
「顔も服も泥だらけや。着替えなあかんやろ」
そう言って一歩踏み出すオレを見て、一歩後ずさりする瑞樹。
「なに、逃げてんの」
「なんでお前ってそうなの?昨日のこと、何とも感じないわけ?」
感じないって、何をどう、お前に言えばいいの?
教生に告られて、悲痛な声を出していたお前のことを言えばいいわけ?それとも、どうしてあんな事が起きたのか、信じられないと言えばいいわけ?
「感じないって、なんだよ」
押し殺した感情を表に出さずになんて出来ない。握りしめた拳に力が加わった。
「どうして、あんな事が起きたのか、知りたいってなら、オレに聞いたって無理。オレだって……」
「そんな事を聞きたいんじゃない」
「じゃあ、なんだよ。告られていたお前の事を言えばいいんか?」
ポケットに手を突っ込んだまま、瑞樹を睨む様に見るオレ。
包丁を握りしめたまま、オレから目を離さずに挑むかのように見ている瑞樹。
「事実、なんだろ。過去に行って来たんや。それで、ええやん」
「……、お前は、どう思った?……、オレのこと」
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