12月 08 2008

サンプル小説(グンジ)

「Good Day」(仮題)

毎日が退屈で、何か楽しいことをみつけようと思った。

トシマの真ん中にそびえる悪趣味なヴィスキオの城の中には、もう探索する興味すらわかない。ここに来た当初は物珍しさも手伝って、「やめておけ」と言うジジィのセリフを無視してあらん限りの部屋を物色したものだったが、その結果得られたものと言えばムナクソ悪い得体の知れない人形ばかりだった。
挙句の果てのに、文句の嵐にあうくらいならもうこの城などに興味はなくなっていた。

「なーんかさぁ。最近つまんなくねぇ?」
食事用のスプーンを右の手で弄びながら、数メートル離れた場所でやはり同じようなスプーンで飯を食らっている短髪の大男へと問いかけた。
ちらりと視線だけを寄こし、そのまま食事を続けようとするその大男は見かけによらず器用に食器を扱っていた。皿から液体をすくい上げ、口元へと運ぶその様子は様になっている。
話しかけた相手が自分の問いかけに答える気がないのか、あとひとすくいしたら応えるのか、そんな事を悠長に待っていられるほどの人格など持ち合わせていない。
白く長い指で弄ばれていたスプーンが、しなやかに短髪大男めがけて飛ぶ。
まっすぐと、眼球を狙ったかのようにも見えたが。その先端は男の皮膚にスレスレのところで阻止された。

「ヒヨ。飯くらい黙って食え」

視線は変わらずにテーブルの上にある液体の上へと落とされたまま男は応えた。ヒヨというのは自分の正式な名前ではなかったが、別にそれは今更どうでもいいことだった。
相手にされなかったことが殊更腹ただしく思ったわけでもなく、もう彼の意識は別のところへと飛んでいた。

「つまんねぇ」
一言つぶやくと痩身の男は立ち上がった。立ち上がるとそのしなやかな肉体が思いのほか長身なのがわかる。見事に割れた腹筋と曲線で描かれた刺青が微かに上下していた。
白い肌の上半身に隙間なく施された黒のタトウ、赤いくちびる。そしてそのバランスの取れた体つきだけを見ればこの城の中にある人形たちのどれにも劣らぬものを備えているにも関わらず、瞳に宿る得体のしれない何かは、その色を見たものだけが味わうことが出来る禍々しさだった。
薄く色の抜けた髪がその瞳を覆い隠している。
「どっか遊びにいってくるわぁ」
気の抜けたどこか人を馬鹿にしたような舌たらずなその物言いは、彼の全貌を殊更謎めかせていた。
「食ったら回収いくぞ」
既に背を向けた薄い金髪に向けて大男は声をかけるが、その背からは何のリアクションもなかった。それも今に始まったことではなかったから、男は何も言わず小さくため息を漏らした。
付き合いも短くは無い。出あった頃のグンジに比べれば今はかなり人間らしく見えてきている。中身まではそうとも言えなかったが。

なんでオレがこんなイカレた奴とつるんでいなくてはならないことになったのか。
イカレ具合は人のことを言えたことではないとはないと自身でもわかってはいるとはいえ、それを口にはしないが、キリヲは少しばかりの後悔をよぎらせる。これもまた今にはじまったことではなかった。

雨が降っていた。
あの日、キリヲは獲物を求めて街をさ迷い歩いていた。
物心ついた時には既に世界は崩壊をはじめ、気づいたときには【ザ サード デヴィジョン】の真っ只中だった。世界的な戦争だと言われているこのが、生まれたときからこの世界しかしらないキリヲには世の中が平和だった記憶すらない。
この手の中でつぶれていく人間だけが自分の中で真実だと思っていた。引きちぎる腕、噛み切る肉の塊。犬歯を柔らかな喉へと食い込ませると、切り裂かれた喉笛が音をたてた。
それだけが、自分の世界だと思った。
獲物は誰でもよかった。

「なぁ、それって美味いのかよぉ」
眼球を人差し指ですくいだし、舌先へと運ぼうとしたときだった。不意にその場へと湧き出たとしか思えないほどの気配のなさにキリヲは咄嗟に身構えるが、頭上からの声はまだ幼かった。視線を僅かに上げれば、薄汚れたどこにでも転がっていそうな幼さの残る十代半ばの少年がキリヲを見下ろしていた。
廃墟と化しているビルの崩れかかった非常階段だった狭い踊り場へ、かがみこむようにしてキリヲを見つめるその瞳には感情を表す全てのものが欠落していると感じたことを覚えている。
面倒だからこいつもやってしまおうと腕を子供へと伸ばした。
完全に距離は読めていたはずだった。逃げ切れる範囲ではなかったし、その隙も与えなかったはずだのに、ばねのように弾んだかと思った瞬間には階上の鉄サクの上へまたがっていた。
「オレは死んでいるものには興味はねぇや」
そう言った次の瞬間には、キリヲの手の届く範囲にはいなかった。
人間業ではないなと思ったのが最初の出会いだった。

あれから数年が経つが、あの頃よりマシになったのは見かけのデカサだけかもしれない。人間らしさ。やはりそんなものは今も昔もあるわけがないと一人ごちる。

今日のようなグンジは放っておくに限る。
多分、今日の回収率は幾分あがるだろうが。

キリヲは何事もなかったかのように、また食事を続けた。

体中にめぐらせた白と黒のコントラストの刺青が施されている素肌に、直に色あせたパーカーを無造作に羽織り、バンテージで固めたうえへ鉤爪を装着する。
これは数少ない彼のお気に入りの品だった。
鈍く光る刃先を見ているとゾクゾクとしてくる。赤い舌をその刃に這わせるとひんやりと冷たい鋼の味がした。

トシマの街は相変わらず臭くてかなわない。血の匂いは掃除してもきれいさっぱりとはいかないからだ。グンジは鼻にシワを寄せて風の匂いを嗅ぐ。
「まったくどいつもこいつもよぉ、ラインやって腐ってんじゃねぇよ。ったくよぉ」
殆ど野生の勘で動いていると言って過言ではないグンジは、風にのってやってくる気配で半径数メートルの動向を読む。
シュッ、と空気を切り裂く小さな悲鳴のような音ともに複数方法から様々な種のナイフがグンジ目掛けて飛んでくるのをいち早く察知するとひらりと身をかわした。
いち、にぃ、さん。あそこと、あそこねぇ。
彼の背に向けてあらゆる方向からナイフが飛んでくるのを交わしながら、相手の位置を確認する。空を切るナイフはまるでへなちょこ。チョウチョでもとまれる速度にしか感じない。助走もつけずに地をツーステップ踏み、一人目の後ろへと回る。
「ひぃっ」
引きつった息を呑む声も途中で男はこと切れる。ザックリと首から下へと一直線に鉤爪を走らせると、地上には贓物がはじけとんだ。
返り血を浴びる前に、グンジは更に跳躍する。
空を回転し、あり得ない角度でビルの壁を蹴り更に跳躍し、今更のように事の次第に気づいたもう一人の逃げ道をふさぐ。
「おにごっこしたいんだったらさぁ、もっと楽しませろよぉ。ひゃはっ」
グンジの鉤爪が音をたて、もつれる白金が空を舞い白い額を露にする。薄い唇から赤い舌が嬉しそうにのぞいていた。
いきなり目の前に現れたグンジに男は瞬間後ずさるが、そのギラついた眼は明らかにラインの常用者を物語り、瞳孔が目の前のグンジへと絞られていく様が如実に見て取れた。更に数歩飛び去り間合いの距離をとる。グンジの鉤爪のリーチをよく知っている様子だった。
「おめぇらさぁ、オレと遊ぶときはぁ、死んじゃってもしょーがねーーんだからなぁ」 そういいつつも、グンジは好戦的な相手を殺れるチャンスに喉を鳴らしている。
「本当にいるかどうかわかんねぇイル・レより、今目の前にいる強ぇ男をオレは仕留めたいんだよ」
「なんだぁ?ちぃっとは楽しませてくれるってかぁ?」
楽しくて唾液が口を伝ってくる。

好きなだけ好きなことをしてもいいと、ここに来てから処刑人として楽しんできたけれど、まだまだ満たされることはなかった。
この穴を埋められるのは、この爪で引き裂く快感と相手の恐怖に引きつった懇願する顔、そして絶叫。高飛車に出るヤツから出る鳴く声ほど気持ちいいものはなかった。
鉤爪を振るうフェイントを入れ、半回転しハイキックを見舞うとあまりにもあっけなく決まってしまった。後ろ手を取り、首筋へと圧力をかける。
簡単に殺してしまうとつまらない。
後ろに回ったグンジは、少しずつ右の手にはめた爪を背中のくぼみへと突き刺していく。傷みと苦しさに肺は圧迫される為、本来ならばすでに鳴声が漏れるはずだった。だが大概にしてラインの常用者は傷みや苦痛が半減している。この男も例外ではなかった。この状態でも反撃を試みようとしている。
「お前、つまんねーよ」
付き立てた爪を勢いよく回転させ、男の体内から骨の砕ける音をさせるとそのまま脳天まで引き上げた。丁度、爪の先に引っかかった雑巾のようにそのままグンジは数メートル先のコンクリの壁へと投げ捨てた。
爪先についた血液の雫をブンと払う。
「くっせ~のっ」

もう一人いたはずと思い出し、後ろを振り返るが既に人のいた気配はとうになくなっている。少し残念そうな表情を眉間にあらわしグンジは大きく伸びをした。
「こんどは、かくれんぼかぁ」
コンクリの壁へ爪をたてゆっくりと引きずりながら、グンジの口元は緩んでいた。
「ねこ、ねこ、ねこちゃ~ん。隠れてもみつけちゃうから、まっててねぇ」
最近のトシマはすっかり日のある時間帯は静かなものだった。イグラの参加者はけん制し合いひっそりと人目の付かないビルの隙間でケチな抗争がたまに起きるだけだった。
クンと鼻を鳴らせば、必死に走り逃げている人間のたてる砂埃さえグンジは肌に感じることが出来る。そう離れていない、すぐそこにいる。息を荒げ、派手に音を撒き散らし、怯えながら逃げるその様が手に取るようだった。
大きく伸びをして廃墟ビルへと爪をたて、長身を感じさせない肉体は踊るようにその身体を屋上へと運んでいく。
目的のモノはあまりにもあっさりと見つかってしまうのだ。崩れ落ちる寸前の工場あとへとわざと音を大きく立てながら錆びたドラム缶を蹴り上げる。ひぃっと息を飲み込む声を一度は無視して通り過ぎる。
ほっと息を整えるその隙に恐怖を与えるのが好物だ。
「や、やめてくれ。殺さないでくれ」
その一言が尚のこと、この男を欲情させるキーワードだということを知らない。
もっと鳴けよ。
肩から胸へと爪が走るとシャツが切り裂け皮膚の裂け目から血がにじむ。恐怖へと懇願する声をもっと聞きたかった。
「たのむからっ、見逃してくれ」
「ひゃはははは」もっと叫べ。
皮膚を十字に切り裂き、泣き言を言う男の顔を見る。そこには既に闘争心のかけらも無い既に死人の顔があるだけだった。
「あーあ。お前もつまんねぇの」
グンジが聞きたいのは、こんな声ではない。もっと切羽詰った緊張感と懇願する声と、抗う目だった。
オイルのすえた匂いのする工場を後に、グンジはそこを出た。
2メートルはあるだろうと見られるドラム缶に潰された肉の塊を後にして。

「遊んだ後は後片付けしろってガキんときに誰かに教わんなかったか」
低く響く声がグンジの背へとかけられた。
「んあ」
「十分遊んだんだろ。その後始末は誰の仕事だ?」
「しんねー。ジジがすればいいだろぅ?」
振り向けばよく知った顔の男が両手にゴミとなった男を二人分引きずっていた。先ほどグンジが手がけたものだったが、グンジには殺した人間の顔を覚えるという記憶情報が欠落していた。
「オレはもう手一杯なんだよ。さっき始末したヤツは自分で片付けろ。オレはお前の後始末なんてうんざりなんだよ」
じっとキリヲを見つめるグンジの眼はまるで子供だった。散らかしたオモチャを片付けろと親にしかられた表情そのものだった。始めてであった頃のグンジと画像がぶれる。
まったく、コイツはなんの成長もしていないと深いため息をそっとキリヲは漏らす。

「そいつをちゃんと始末しないと晩飯はないからな」
「ジジィ、きたねぇぞ」
カランとミツコさんを鳴らす。

その音でクルリと踵を返すとグンジは今一度工場跡へと足を向けた。
「ああ、つまんねー」ボソリと小さく呟く声をキリヲは無視した。
ガキには飯で釣るのが定石なのが、何よりの証拠という。

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続きは冬コミで—-

冊子名【Gunji】 日向夏姫